ただの続編じゃない『魔女の盟約』 大沢在昌




"魔女の盟約 (文春文庫)" (大沢 在昌)


タイトルから想像がつくようにこの『魔女の盟約』は『魔女の笑窪』の続編として存在している。が、続編として書かれているというよりも、別のステージ、あるいは別のテーマとして書かれた作品と認識した方がいい。


 


このブログを振り返ってみると、2008年2月に単行本で読んでいるので、ほぼ出版されて直ぐに読んだことになる。内容をチェックしてみると、全然ポイントを押さえていなくちょっと恥ずかしい気持ちになった。作品として楽しんだことには違いないが、単行本-(ノベルス)-文庫本という流れに乗って同じ作品を改めて読んでみると以前は気付かなかった点に気付き、またより深く内容を理解できるので決して無駄な作業ではない。より多くの作家に触れたり、多くの作品を楽しむ考え方もあるが良い作品は複数回読んで『芯』を楽しむことも『あり』だろう。


 


前作『魔女の笑窪』を読んだ人には馴染みがある闇のコンサルタント 水原が九州の暴力団 要道会と組んで破滅に追い込んだ地獄島(浪越島)の事件のその後からストーリーが始まる。警察と広域暴力団の両方から追われる身となった水原は名前を変え、整形を施して韓国に身を潜めていた。その韓国で新たな事件に巻き込まれ、地獄島の事件は別の人間が描いた絵で、水原自身はうまく利用された『駒』の一つだったと気づく。韓国での事件を危機一髪の所で救ってくれたのは白理という中国人で、やがて白理の本当の正体を知り愕然とするも行動を共にし危機を乗り越えていく。


 


近年の大沢作品の特徴は犯罪スケールが国内にとどまらず、日本の近隣諸国を巻き込んだ国際的な色合いが強くなっている。過去の作品でも海外事情が出てこなかった訳ではないが(最初の新宿鮫やその後のシリーズでも)、ロシアやアジア近隣諸国との外交課題や感情問題に切り込んで描かれるようになったのは近年の作品である。ミステリー作品にはよく登場する麻薬製造の三角地帯や南米の麻薬カルテルといったレベルではなく、各国が抱える政治経済の歪みと一緒に抱える犯罪課題に切り込み、登場人物の会話を使って実態を理解させ、更に大沢氏の意見も加えている。


実は大沢作品では大沢氏の考え方をストーリーに盛り込むことは初期の頃から存在する。佐久間公シリーズの長編ではその傾向があり、ハードボイルド小説をエンターテイメント小説に昇華させ、読み手を楽しませながらも考えをすり込んでいく。これまでは佐久間公にしても新宿鮫の鮫島にしても男性という大沢氏と同じ立場で語ってきたが、この『魔女の盟約』では主人公の水原が女性の価値観の変化を語っているのが新しい。


水原と白理が犯罪に手を染める原因について話をしているシーンでブランドものに対する価値観の違いを指摘しながらも日中の共通項と相違を表現している。


水原の言葉で、こんなシーンがある。



「その通りよ。ブランド品が好きな人間は、ブランド品をもてばもつほど、自分を好きになれるの。いいかえれば、ブランド品をもっていない自分のことは、まったく好きではない」


(中略)


「いっておくけれど、ブランド品を好きな日本人がすべてそうなわけじゃない。ただ、ブランド品をもっていると、自分自身の価値が少し上がったと錯覚できる」


ブランド品で全身を包みたがる人間からブランド品をすべてはぎとると、まるで裸にされたような気がするらしい。彼ら彼女らにとって、身を包むブランド品は鎧兜と同じなのだ。


 


単純に楽しんで小説を読みたい人から深く探求したい人まで満足させる仕上がりになっている。万能薬は意外と何にも効かないけど、この作品は多くの人を魅了する『効く』万能薬と言えるだろう。


 


関連:


[Book]「魔女の笑窪」 大沢在昌 2009-05-13


[Book]「魔女の盟約」 大沢在昌 2008-02-12