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『品』を感じる藤原伊織の最後の作品 『名残り火 てのひらの闇II』 藤原伊織


"名残り火―てのひらの闇〈2〉 (文春文庫)" (藤原 伊織)


『文章の品格』というものがあるならば、藤原伊織の文章はまさに別格の域である。豊富な語彙や多様な言い回しができる、ということではなく、登場人物を色付けする言葉遣いには知識だけではなく、経験と感性、そして入念な計算が施されている。


かつて藤原伊織の作品を薦めた友人たちに、その読後の感想を聞くと登場人物に対する印象が僕と寸分違いがないことに気付いた。つまりそれまでの経験が違うにもかかわらず、小説の中の人物に対する印象が不思議と同じである、ということである。だから、新しく藤原伊織の作品を話す時には、『キャラクターがぶれない珍しい作家』というような表現をするようになった。しかしながら、その理由というか、要因は長らく謎のままだった。


 


『名残り火』は単行本が発行された時、即日に買って読み、今でも僕の本棚には収まっている。そして今回の文庫版『名残り火』を改めて読んだ。サブタイトルが『てのひらの闇II』となっているように、『てのひらの闇』の登場人物、堀江雅之が主人公の作品である。父親がやくざの親分で、その父は高校生の時に目のまで火に包まれながら別れなければならなかった過去を持つ堀江。しかし、藤原伊織の作品全般に言えることだが決して暗さがない。そしてそれぞれが人として魅力的である。


冒頭に書いた『文章の品格』というのは、この作品の何ヶ所に出てくる『暴走』と『逸脱』の違いの会話などを見ると分かる。その言葉が使われるシーンによって当然意味が違ってくるが、本作品の中では微妙な違いで使われる。登場人物たちもその違いを理解し、読み手もその違いを感じ取れる感性を求められる。全般的に藤原伊織の作品の中の会話は丁寧な言葉遣いが多く、知性を感じる会話が多い。これらの言葉の積み重ねが登場人物の立ち位置を明確にしている。つまり、謎を解く鍵になっているように思える。


 


そしてこの『名残り火』が藤原伊織の完成作品としては最後の作品なのである。僕はこの藤原伊織白川道の二人は天才だと思っている(プライベートでも二人は仲が良かったようだ)。二人とも言葉の魔術師だが、テイストはウィットとドライの違いがある。しかし、作品も登場人物も甲乙付けがたい。それもハイレベルな位置付けで。


 


『名残り火』を楽しむにはまず『てのひらの闇』を先に読んだ方がいい。そして良さを理解するには、ジョン・コルトレーンキース・ジャレットの違いが分かることが必要だ。ようは読み手にもハイレベルを要求している。読み手の知識や経験が多くなればなるほど、その面白さ、凄さをより堪能できる。そんな藤原伊織はもうこの世にいないかと思うと、ふと本棚から藤原伊織の作品を手にとってしまう。