まるでデザートのように 「鏡の顔」傑作ハードボイルド小説集 大沢在昌

大沢在昌氏の作品はほぼ読破しているので、この短編のほとんどは既読の作品だった。が、読んだことがあることと、それらの作品が一つにまとまっていることは別の話である。一番有名なシリーズは『新宿鮫』だが、読み手によっては『新宿鮫』がサイドストーリーで、元々『新宿鮫』のサブキャラで登場した佐江がメインの『黒の狩人』の方が好き、という方も入れば、僕のように大沢氏の等身大の姿をキャラにした『佐久間公』シリーズが好きな人もいるだろう。
新宿鮫』以前の作品では比較的短編が多いが、ここ最近は長編作品が多いので、短編だけで大沢氏の世界を感じるのも新鮮な感じがする。大沢氏の短編の特徴は、完全に最後を書ききらず、読み手の心に残るものを『最後』にしている感があり、この『最後』は人によって感じ方(あるいは希望といってもいいかも知れない)が違うだろう。ここは藤原伊織氏の作品と大きく違うところでもある。また『本当にこの選択で良かったのか』と考えさせられるのはそれだけ作品に感情移入してしまう結果だろう。
本書には12の作品が収められているが、中でも僕は『空気のように』が抜きん出て好きである。男女を問わず、相手を想う気持ちの距離感が生み出す関係。関係が強いとか、薄いとかで表されるようなものではなく、言葉にはなっていない『信頼』の上に成り立っている関係。守るべきもの、支えるべきものをそれぞれが理解して、それぞれが役割を全うする。そんな人間関係を描ききっている。
この作品は選ばれた短編集だけど、入門書ではない。たくさんの大沢氏の作品に触れた方に改めてそれぞれのシリーズを同一線上で味わってもらう作品である。まだあまり大沢氏の作品に触れていない人にはデザートしてとっておいた方がいい。