「ダナエ」 藤原伊織

ダナエ (文春文庫)

ダナエ (文春文庫)

『力量』-ふと浮かんだフレーズ。登場人物も読み手も、その力量があって成り立つ文章。それは文章力やストーリーテラーなどと呼ばれるレベルではない。僕の中で天才的と感じる作家は白川道とこの藤原伊織の二人。北森鴻や柴田よしきも好きだし、良い作品が多い作家だし、彼、彼女しか作り得ない世界があるけど、天才と呼ぶのとは違う。その藤原伊織の最終期の作品である。
タイトルにもなっている「ダナエ」は元々、「乱歩賞作家 青の謎」で読んだことがあり、読みながらストーリーを思い出し、それでも十二分に楽しめるこの作品の奥深さに改めて感動した。藤原伊織を天才的と呼ぶ理由の一つとして、誰が読んでも登場人物のキャラクター像がぶれないことである。しかし、決して文字として表現しているわけではなく、それぞれの自分の会話や行動を通して表現されるキャラクター像にも関わらず、読み手の印象は一致する。また核心をセリフとして使わない、あるいは表現として書かないのも特徴に感じる。しかし、脳の空間には自然と答えを浮かび上がらせる。途中から犯人が誰だ、なんてどうでもよくなり、もっと主人公を知りたい、他の人物の違う面を教えて欲しい、と思いながら途中でやめることができない。本当に素晴らしい作家の作品とは、時間のあるなしに関係なく、続けて読ませるものである。ちょうど今週読んだ「魔女の笑窪」と同じ文春文庫の新刊で、一緒に買ったのにあっという間に両方とも読み終わってしまった。
解説は小池真理子が書いていて、彼女が書いている通り、「まぼろしの虹」は今までの作品とは違う印象を受ける。彼女は「透明感」という言葉で表現しているが、僕には平等とか客観といった「透明性」という言葉の方が近い気がする。きっと最後の瞬間も感じていたのではないか。この続きも読みたいのにそれは叶わぬ願いなのである。