『交渉』という唯一の武器で戦う 『ニッポン泥棒』 大沢在昌




"ニッポン泥棒⟨上⟩ (文春文庫)" (大沢 在昌)




"ニッポン泥棒 下 (2) (文春文庫 お 32-6)" (大沢 在昌)


この作品も単行本で一度読んでいる作品なので5年ぶりに再会したことになる。コンピュータやハッキングを題材としたSFタッチな作品だが、今読んでみてもそれほど鮮度が落ちた感じはない。とは言っても、読み手側がどこにポイントを置いて読むかにかかっているけど・・・。


あらすじを書くのは好きじゃないので大枠の部分だけコメントすると、天才的なハッキング仲間が情報機関や研究所のデータを違法に入手し、そのデータを元にシミュレーションするソフトを開発。過去の事実を元にした統計的な考え方を持ち、使い方によっては新種の兵器としての利用価値があるため、彼らはそのソフトを隠し、今までにない『鍵』を設定して封印した。『鍵』は本人の意志とは無関係に任意の二人が選ばれ、『アダム』と『イブ』と名付けられた。『アダム』に選ばれた尾津は見知らぬ若者からその内容を告げられ、そして今回の事件に巻き込まれていく。


主人公の尾津は倒産した中堅商社で働いていたキャリアを持ち、今は年齢的にも引退に近い設定で、『流れ星の冬』同様に所謂ハードボイルドのキャラとしてはかなり年齢が上になっている。つまり派手なアクションシーンを描かずにハードボイルドを描くチャレンジをしている。体力が武器になるわけではなく、過去の経験や知識による『交渉』が唯一の武器なのである。これは先の『流れ星の冬』でも成立させた手法でもあるので、大沢氏の作品として特に目新しさがあるわけではないが、『流れ星の冬』と違って過去に於いても犯罪者でない人物が『交渉』だけで切り抜けていく姿を描くことは容易ではないはずである。そんな視点でこの作品を読むと非常に楽しめる。


 


先に書いたようにコンピュータのソフトをモチーフにしたSFタッチの作品ではあるが、この作品の最大の価値は『会話』に含まれる交渉術である。複数の敵に対し、会話をしながら『真実』と『嘘』を見抜き、信頼を得ながら一方で欺き、更に大胆かつ迅速な行動が次の方針を決める。問題の先送りは自分たちの立場を不利な状況に追い込むため、今為しえる最良のアクションをしながら次を考える。エンターテイメント性は高いが真山仁の『ハゲタカ』のような雰囲気もある。


読みながら尾津の設定年齢や狙われているソフトウェアそのものに違和感を感じなくはないが、会話を武器に交渉する尾津の立場を自分に置き換えて考えながら、どう対処するだろうとシミュレーションしながら読み進めると良質なエンターテイメント小説を味わえるはずである。多少ページ数は多いが、年末年始に如何だろうか。