3作目は経済小説という枠を超えている 『レッドゾーン』 真山仁




"レッドゾーン(上) (講談社文庫)" (真山 仁)


ハゲタカ、そして「ゴールデンイーグル」の異名を持つ男 鷲津雅彦が帰ってきた。かつて「日本を買いたたく」と豪語した鷲津に新たな敵が現れる。これまでとは違う世界規模での戦い、そしてそのターゲットにされたのは日本が誇る自動車メーカー「アカマ自動車」。経済だけではなく、政治が入り乱れた中で繰り広げられる戦略。しかし、根っこにあるのは歴史を含めた感情だったり、血縁だったり、と。フィクションでありながら、現実と小説の世界の境を見失うほどのめり込んでしまう。文庫本で約900ページにおよぶ量も読み終えた瞬間に心地良い疲労感に包まれるだろう。


 


10年前、米国最強のレバレッジファンド日本法人トップとして鷲津は帰国する。当時、不良債権処理に多くの金融機関は喘ぐ中、鷲津はバルクで買った債券の中から金脈を見つけ、短期で再生して利益を得た。ハゲタカと悪態を突かれながらも結果を出し続け、やがて日本の企業に対する考え方も変化した時代だった。鷲津は経営方針の違いで外資の日本の代業を辞めざるを得なくなり、自身はバイアウト・ファンド サムライ・キャピタルを立ち上げる。ファンド資金を利用して企業を再生する、利益を生み出し資金提供者に還元することはもちろんだが、いつしか鷲津がやりたかったことは日本人が持つビジネス感覚に一石を投じることだったのかも知れない。同じ日本人として。


 




"レッドゾーン(下) (講談社文庫)" (真山 仁)


これまで米国中心に発展してきた金融ビジネスはドライや非情などいろいろな形容詞が付けられながらも一定のルールの中での戦いだった。そこに参入してきた中国、それも民間資本ではなく国家資本のファンドが見え隠れする。ルールなき戦場で戦わなくてはいけない鷲津、そして買収のターゲットにされたアカマ自動車の経営陣。またかつて鷲津の右腕として活躍し、不慮の事故で亡くなったアランの死の真相が今回の戦いで明らかになりそうな気配。果たして最後に勝利を掴むのは誰か。そんな気持ちに揺さぶられながら最後までページをめくることになることだろう。


 


今回の作品はこれまでの経済小説の枠を遥かに超え、かなりリアル感を伴ったスパイ小説としての十分読み応えがある仕上がりになっている。特に昨年米国であったトヨタバッシングなど鑑みて読んでいると不思議と「これはノンフィクションなのではないか」という錯覚に陥る。またこの小説を読みながら日本、あるいは日本人としてどうあるべきか、を考えさせられるきっかけになる。日本人でありながら米国に渡り、愛していたピアノを捨て魑魅魍魎の住む金融の世界に身を投じ、客観的な視点で日本や日本人を語る鷲津の言葉には著者 真山仁の熱いメッセージを感じる。シリーズ3作目の本作品は確実にスケールアップ、パワーアップして、そして経済小説というラベルすらも無意味にしてしまった。ボリュームはあるものの、多くの人に読んで欲しい作品であることは間違いない。