ひと言でいえば、「考えつくしているのか」がシンプルかどうか 『Think Simple -アップルを生みだす熱狂的哲学』 ケン・シーガル
"Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学" (ケン・シーガル)
この本を人にすすめるのは非常に難しい。内容がダメなわけじゃなく、逆に考え方によっては素晴らしい一冊だと思う。でも、Apple好きな人や広告の仕事に携わっていない人には退屈な部分が多いし、言葉の使い方もどうなんだろう、と思う部分も散見される。例えば、Introductionの中に「これはマーケティングの本だろうか?」というタイトルのパラグラフがあるけど(本人はマーケティングの本と定義しているが)、マーケティングではなく「広告」と言い換えた方がシックリくる。つまり、著者であるケン・シーガルが普段使っている言葉の定義や考え方を理解しながら翻訳して読み進めないと本当の良さは伝わらない。もしかしたら、日本語に訳された本書ではなく、原書を読んだらまた違う印象なのかも知れないけど、読み間違えさえなければ良書であることは間違いない。
ケン・シーガルとは...
まず著者のケン・シーガルという人がどんな人なのかを先に説明しておこう。
広告代理店のクリエイティブ・ディレクターとして数多くの賞を受賞した広告業界では有名な人らしく(普通の人にはクリエイティブ・ディレクターという肩書きからどんな仕事をする人なのか想像するのが難しいと思うが)、Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズとはNeXT、Appleと窮地に追いやられていた時代から今をときめく時代を一緒に歩んできたという側面がある一方、デルやIBM、インテルといった組織で動く会社でも広告代理店のクリエイティブ・ディレクターも経験していることが希有な存在である。
10のコア要素
ケン・シーガルは一緒に仕事をしたスティーブ・ジョブズの数々のエピソードを通して「シンプル」ということを定義しようとしている。僕も含めて多くの人が「シンプルなものが好き」とか、仕事で「もっとシンプルな表現にして」と言われることが多いだろう。恐らく、ある場所に表現されている事柄や情報を「より少なく」することや流行に流されない長いあいだ親しまれているデザインなどを指して「シンプル」と使っていることが多いだろう。たしかに現在のApple製品はMacにしてもiPhoneにしても少ない色で構成されているし、「ボタンが少ない」や「洗練されたデザイン」であることに異議を唱える人はいないだろう。でも、それは「シンプルの結果」であって、ケン・シーガルが300ページ以上に渡って綴っている「シンプル」とは違う。彼が唱えるシンプルには10のコア要素があり、このコア要素を伝えるがために300ページを費やしているといえる。
その10のコア要素とは、
容赦なく伝える(Think Brutal)
少人数で取り組む(Think Small)
ミニマルに徹する(Think Minimal)
動かしつづける(Think Motion)
イメージを利用する(Think Iconic)
フレーズを決める(Think Phrasal)
カジュアルに話しあう(Think Casual)
人間を中心にする(Think Human)
不可能を疑う(Think Skeptic)
戦いを挑む(Think War)
であり、心に響くエピソードをそれぞれの章で出会うことだろう。
例えば、第3章の「ミニマルに徹する」ではこんな言葉を見つけることができる。
あらゆる人を喜ばせようとすると、誰も満足させられないということを、彼らは忘れているようだ。
HPやデルのサイトにノートパソコンを見にいくと、たくさんのラインナップとモデルで埋め尽くされ、説明を読んでもその違いを理解できない、と(一方のAppleはMacBook AirかMacBook Proのいずれかしない)。そう、「誰にでも」と思うあまり、特徴を見いだせない数多くの商品を並べるだけになっていて、ケン・シーガルが唱える『シンプルな思考』の結果ではない。
Think Different
実は最後部分には「Think Different」とタイトルが付けられ(Apple信者の人はなぜこのタイトルなのかはすぐ分かると思うが)、まとめになっている。それぞれのコア要素がそれこそ5-6行にまとめられているけど、このまとめを先に読んでも誰も感動しないだろう。執拗なまでにAppleやスティーブ・ジョブズを褒め称えるエピソードが繰り返され、途中で飽き飽きする瞬間もあると思う。が、このラップアップのようなまとめを読み進めるうちに、自分の意識の中に「シンプルとは...」というイメージが出来上がっていることが気づくはずである。
そう考えると良書の部類に入るが、(Apple好きじゃない人には)多少は食傷気味の時間が続くかも知れない。でも、その若干険しい道の先には自分の中にシンプルの定義が出来上がる、と思いながら読み続けて欲しい。