出だしの言葉は大事だねえ 『モップの魔女は呪文を知ってる』 近藤史恵
"モップの魔女は呪文を知ってる (実業之日本社文庫)" (近藤 史恵)
近藤史恵さんって作家として器用なひとだなあ、って思う。だって、たくさんのシリーズものを書きながら、そのシリーズのキャラを進化させてる。今回の『モップの魔女は呪文を知ってる』はタイトルで想像が付くけど『天使はモップを持って』で始まる清掃作業員キリコが登場するシリーズ。日常の中の不可思議な事件(決して殺人事件とかではなく)を解決していく、というパターンは同じなんだけど、キリコが解決していくというよりは話を聞いた段階でキリコはある程度の仮説を立て、その確認プロセスがストーリーになっている。ストーリーの主人公はキリコではなく、サブキャラ的な立ち位置で進んでいくからこそ楽しめる仕掛けになっている。
本書は
水の中の悪意
愛しの王女様
第二病棟の魔女
コーヒーを一杯
の四つの短編から成り立っていて、「第二病棟の魔女」だけがちょっと長めの作品になっている。まあ、本のタイトルを考えるとこれがメインストーリーだから当たり前かも。
実はどの作品も読みやすく、さらっと読めてしまう謎を解いてみたいと思って読み終わった後にもう一度読み返してみた。今度は中身を楽しむためではなく、仕掛けを探すためにね。でね、分かりましたよ・・・・この作品の秘密が。ゴテゴテした殺人が出てこないとか、登場人物が少ないシンプルな構成になっているとか、理由はいくらでも挙げられるけど、ポイントはきっとここでしょう。はい、出だしの1-2行。
「水の中の悪意」は
たぶん、多くの人々が、同じ意見だろうと思う。
すなわち、「禁断の行為ほど、快楽を伴うものはない」。
この2行で禁断の花園の話に気持ちは前のめりになっていませんか?
ひとめで恋に落ちた。運命だと思った。
「愛しの王女様」の最初の1行だ。おお〜恋愛ネタなんだと思わせといて、
スコティッシュフォールド、メス、220000円。
思わず、ゼロの数を数えてしまった。二十二万円。こんなに小さな猫がそんなに高いなんて。そんな貯金はとてもない。
この間20行弱。この約20行の中でミスリーディングさせるのではなく、2行目からは相手が猫であることをばらしながらも、一気にここまで引っ張っている。それはきっと1行目のセリフ的な言い切りが効いているんだろう。
参考までに他の作品の最初の部分を書いておくと、
ひとことで言うと、「最低よりは少しマシ」である。たいていの場合。(第二病棟の魔女)
やってしまった。
坊野美穂は放心状態のまま、その場に立ちすくんでいた。(コーヒーを一杯)
ね、キャッチーな出だしでしょ。
個人的には「愛しの王女様」が好き。ちょうどのこの季節、新しい環境での生活にシフトする人たちが多いけど、そんな人たちの心の澱を少しだけ覗いてみるとこんな感じなのだろう。ちょっとだけ猫が欲しいなあ、と思ってしまったのは作者の術中にまんまとはまったからだろうか。