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30年振りぐらいにそろばんに触ったよ


そろばん


娘が学校でそろばんの授業があるってことで、実家に電話して僕が小学校の時に使っていたそろばんを送ってもらった。このそろばんを買ったのは娘と同じ小学校3年生の時だったので、35年前の代物。若干、珠の滑り悪くなっている感じだけど今でも普通に使える。実際に触ってみたけど、何とか意識せずにそろばんを使えるようだ。まあ自転車の運転と同じで、一度覚えた動きは意識しなくてもできるのかも知れない。しかし、よくよく考えてみると指の動きとは別に小難しいことを同時に頭の中でやっているんだよね。


例えば、「17+25」をそろばんで計算する時には、まずそろばんに「17」を置いて、次に十の位に一珠「2」を上げて、一の位の五珠を払って、十の位に「1」を加える。この時に、一の位には「5」が置けないから、「10」になる相手方の数を計算し、その数(この場合には「5」)を払って十の位の一珠を加える。繰り上がりの計算だけど、これを一瞬にて行うわけだ。自分でいうのも変な話だけど、『払う』、『加える』などの言葉も自然と出てくる。


 


僕の人生の中でそろばんは唯一の習い事。学校の同級生たちがみんなそろばんをやり始めたのでどうしてもやりたかった、というのがきっかけ。両親はすぐにOKしてくれたけど、代わりにどんなことがあってもサボることを許してくれなかった。理由はただ一つ『お前が始めたい、って始めたんだろう』って。お陰で4年生からは毎年競技会に出るぐらいになったけど。ただし、暗算だけは苦手だったな。


 


これは感覚値なので実際はどうか分からないけど、3級までと2級以上はちょっと違う世界だった記憶がある。たしか2級から答えがマイナスになる見取り算が出てきて、乗算、除算もかなりの桁になる。そうそう、見取り算も桁が多いので上位のカンマで2回なめるように計算したんだった。(四捨五入の問題が入ってきたのがどのレベルからかは記憶がない)


それぞれ人によって得意な問題、不得意な問題があるんだけど、僕は除算が大好きだったんだよね。それはいくつの数を立てればいいかを予測して計算する問題だから(そろばんが分からない人には何を言っているか分からないかも知れないけど)。つまり割る数の桁が多い場合、途中までは処理できても途中から割られる数の方が足りなくなる(=計算値として大きい数字で処理してしまったケース)ので予測しながら答えの数字を立てる必要がある。そう、正しく仮説が必要。もし途中で行き詰まったら、それまで消し込みした数字をすべて元に戻さないといけない。この戻しの時にミスが発生するんだよね。だからこそ、予測は重要になってくる。こう考えると、そろばんって計算機として計算技術を学ぶだけじゃなくて役立つ思考が育つような気がするな。


もう一つ、『できること』と『教えること』は全く別の次元なので、これは別の機会に書くことにしよう。