推理しながら恋愛小説を読んでみませんか 『蒼林堂古書店へようこそ』 乾くるみ




"蒼林堂古書店へようこそ (徳間文庫)" (乾 くるみ)


なんでこの本を手にしたんだろう。表紙の写真、帯のコメントか、う〜ん、思い出せないけど何か惹かれるものがあって買ったんだろう。実はこの本を購入した後に『イニシエーション・ラブ』を買って、先にそちらを読んだ。『イニシエーション・ラブ』との関連性はないんだけど、テイストというか作風を把握する上では先に『イニシエーション・ラブ』を読んだのは良かったかも知れない。


 


『蒼林堂古書店へようこそ』は連作短編形式をとっていて、全部で14作品で構成されている。さらに時間軸も重要な要素になっている。主人公の林雅賀は元々文部省に勤める公務員で、文部省を辞めて地元に蒼林堂古書店をオープンした。店舗での売上は大したことなく、ほとんどはネット経由での売上でまかなっている。また普通の古本屋ではなく、ミステリー専門というのが特徴。そして、100円以上の売買があればマスター直々に淹れるコーヒーが振る舞われる。書店の奥に作られた小さなスペースにはそのコーヒーを飲みながらミステリーを楽しむ常連が集まる。とはいっても、4人も座ればいっぱいになってしまう広さしかなく、ましてや地方の、それもミステリー専門の古本屋となれば自然とそこの場所を集うメンバーは決まってくる。マスターである林雅賀の同級生 大村、同じ商店街に住む高校生 柴田、小学校の先生 茅原がその席で顔を合わせ、ミステリー談義の中でいろいろな事件(?)が起きる。


事件といっても殺人や血が出てくるようなものではなく、日常に転がっているちょっとした出来事をミステリー好きな常連が推理し、最後はマスターの林が解いてしまう、という所謂、安楽椅子探偵の形式をとっている。ただし、ミステリー専門の古書店を舞台にしているだけあって、会話の中には数々のミステリー作品が登場し、そのエピソードを混ぜ、各短編の終わりには本編で登場した作品の紹介される、というミステリー好きにはたまらない構成になっている。正直、作品紹介だけでも『コンテンツ』になっている。まずビックリするのはミステリーといってもその定義が曖昧なおかげで、範囲は広く、またミステリーに含まれない要素も含めて作品が構成されていることに驚くはずである。つまり、著者の乾くるみ氏はそれらを読んでいるだけではなく、自分の知識として蓄積してしまっているわけである。


 


僕の中では日常をモチーフにした連作短編というと加納朋子氏や北森鴻氏の作品を思い浮かべてしまうが(実際二人の作品は中で紹介されている)、乾くるみ氏の手にかかるとその連作短編ミステリーが恋愛小説になる。さらにその裏に仕組まれている細工が憎らしいぐらいに巧妙で、読者の予想をはるかに超えている。気持ちを伝えるのも、それに対する答えも細工だらけ。もっと直接的に、そして素直になろうよ、と声に出している自分に気づく。きっと近くにあったらな・・・と思う『蒼林堂古書店』。続きが待ち遠しい。


 


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