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メディアの価値と編集

Thing



デパートで驚いたこと


先日、女性雑誌に載っていた服が欲しくなり、取扱店として名前が掲載されていた東京・銀座のデパートへ出かけた。それまで私は、雑誌に取り上げられた服は買わない主義であった。モデルが着ていたのを自分が着ればがっかりするのは目に見えているという単純な理由からである。


 


今回はなぜか買う気になったのだが、売り場に目指す服はなかった。雑誌発売から3日目であったのに在庫もないという。掲載されたから飛ぶように売れたわけではなく、もともと数着しか店頭になかったという。


 


ファッションを中心とした女性誌は、服飾品を売るためのカタログ的な要素が強い。メーカーや取扱店は掲載を十分、意識しているはずである。物が売れない時代であるのに買う気を起こした人をその場で捕まえられないでどうする、と少し驚いた。ないものはしょうがないのだが、ないといわれればさらに欲しくなるのが人情。取り寄せのためメーカーに問い合わせてもらうことになった。以上が起きたのが、とある金曜の夕刻だった。


 


週が明けても一向に返事が来ない。一週間近く経った時点で、私はメーカーに電話した。「消費者に直接販売はしないことになっているが、そのデパートからの問い合わせには、他の小売店の店頭にあったのをまわすと回答済み」とのことだった。「在庫があった」という情報をなぜ、すぐに知らせないのかと、デパートの対応にまたもや驚いた。諦めてこの「予算」を使い、他店で別の服を買うかもしれないではないか。


 


デパートは、どこも売り上げ低迷に悩まされているはずである。日本百貨店協会の発表では、今年4月の「全国百貨店売上高」は4846億円、前年同月比−3.7%で26か月連続のマイナスを記録した。しかも、その比較となった2009年4月は前年同月比で−11.3%だったのだから、かなり悲惨な状況だ。


 


なのに、である。デパートの若い店員に電話で説教したら、「ごもっとも」というしおらしい答えとともに、服が手に入るのはさらに一週間後と伝えてきた。時間がかかるのは、自社の倉庫を経由して、デパートとして販売できるクオリティであるかを検査するからだということだった。とはいえ「通販なら、注文の翌日に品物が届くこともある」とつい、毒づきたくなった。


 


デパートの売り上げが落ちている理由としてさまざまなことが言われている。ユニクロや、H&Mなど海外から進出したファストファッションといった手ごろな価格の服を売る店にシェアを食われていることや、長年、服を売るのをメーカー任せにして「場所貸し業」となっていたツケ、などである。


 


私の一度の経験がすべてのデパートに当てはまるとは言わないが、さらに基本的な見直しの余地もあるようだ。


 


個人的には、服を見ている客に「どうぞご覧くださいませ」と無用に声をかけるのもやめて欲しいのだが。


 


(2010年6月16日  読売新聞)


 


 


このコラムを読んだ時に非常に違和感を感じたので『Diigo』にクリッピングしていた。違和感の理由はこのコラムを書いた研究員が問題の原因になっている構造を言及していなく、表面的な現象だけで物事を捉えている点である。本来はここに『編集』が必要なのではないか、と思っている。『編集』の仕事は文字や文章の確認、修正を行うだけではなく、内容のテーマにミスが無いかも含めてチェックするのが『編集』だと思っている。


 


この研究者がデパートで体験した対応は担当者が連絡しなかった、という点を除けばデパートの流通構造で発生している現象である。まずデパートの商品仕入は『完全買取』、『買取』、『委託』とデパート側とメーカ側の取引条件(力関係と言った方が良いかも知れない)による。『完全買取』以外は伝票上の違いはあれ、基本的に返品が可能になっている。ただし、返品処理を実施するにはデパートの担当およびフロアマネージャの承認が必要で、その上で物理的な返品処理がされる。同一デパートであったとしても、店舗移動をする場合にもこの返品と同じような処理が発生する。別にデパートの肩を持つ訳ではないが、このような業務処理を理解しないで通販と比較しているあたりに知識の浅はかさを感じてしまう。そして、その部分を指摘せずに公の場に出てしまうことに更なる問題がある。


 


メディアに対する信頼とはその情報が正しい情報である、という裏付けがあって価値をあると思っている(偏向はまた別にして)。乗せるべき意見かどうかの見極めをしないメディアは個人のブログと変わらない。情報を整理してあげる『編集』があってこそメディアではないか。