北森鴻の集大成 『邪馬台 蓮丈那智フィールドファイルIV』 北森鴻, 浅野里沙子




"邪馬台―蓮丈那智フィールドファイル〈4〉" (北森 鴻, 浅野 里沙子)


 


北森鴻は自らの死期を予見していたのだろうか。


サブタイトルに「蓮丈那智フィールドファイルIV」が付けられており、間違いなくシリーズの4作目だが、過去の北森作品の集大成と言える内容になっている。過去の蓮丈那智シリーズにも他のシリーズのキャラクターが登場することがあったが、単に登場させるだけではなく、他のシリーズのエピソードも惜しみなく使っていることを考えると、節目として位置付けようと考えていたと推察される。


 


北森作品にはいくつかのシリーズがあり、すべて連続短編の構成になっている。この蓮丈那智シリーズも同様で、シリーズ化されている作品で初めての長編作品であり、故人となってしまった今、シリーズ化作品で最初で最後、唯一の長編作品がこの「邪馬台」である。


もしこの作品を完全に堪能しようと思ったらシリーズもののほぼすべて、つまり10冊以上を読んだ上でこの作品を読む必要がある。もちろん、この作品だけを読んでも十分に楽しめるが登場人物のキャラや立ち位置が重要な役割を担っているので、是非とも過去の作品を読み込んだ上でこの作品に挑んで欲しい。


そしてももう一つ。内容を深く理解する上で、富山和子氏の「日本の米」を先に読んでおくことをおすすめする。全部である必要はないが、少なくとも前半部分を読むことで、「米」、「治水事業」、「製鉄」、「山」、「神」というキーワードの意味を理解することができ、作品を読みながら同時に仮説を立て、作品の世界と同化して読み進めていくことができるだろう。




"日本の米―環境と文化はかく作られた (中公新書)" (富山 和子)


 


本の帯にはこう書いてある。



その「暗号」を読み解く時、隠された巨大な命脈が浮上する。


異端の民俗学者・蓮丈那智、最後で最大の事件。


まるで角川映画金田一耕助シリーズのようなコピーだが偽りはない。ミステリーによくある読者をミスリードするような細工もなく、かなり正攻法な構成になっている。ただし、連続短編癖なのか、雑誌連載原稿をそのまま使っているからなのか、キャラクターの描写シーンが散見される。もし長編作品として一冊の本に仕上げるのであれば、きっとこの部分には手を入れていたのだろう。


作品の内容に関しては一切触れるつもりはないが、このことだけは記しておきたい。この作品は2008年10月〜2010年2月号の小説新潮に連載されたものである。しかし、2010年1月25日に北森氏はこの世を去ってしまった。結末がない状態だったところ、婚約者の浅野里沙子氏と編集部の協力のもと、氏の資料をベースに結末部分を浅野氏が書き、作品を完成させている。だから本当にこの結末だったかは誰にもわからない。だが、大事なのは北森氏が書いた部分と結末の整合性ではなく、思い込めて完成させたことである。だからこそ、こうして僕らは作品に触れることができたのだ。


この作品を読み返す時、きっとまた他の作品が必要になるだろう。関係作品を並べ、時間を確保し、またゆっくりと堪能する時まで、この本の背表紙を眺めることとしよう。