かっこよくBARで飲みたい、って人は読まない方がいい 『スタア・バーへ、ようこそ』 岸久




"スタア・バーへ、ようこそ (文春文庫PLUS)" (岸 久)


 


僕の中では「BAR」という響きには特別なものを感じる。思春期に片岡義男の小説やエッセイにいかれていたからかも知れない。そのせいか、BARと呼ばれる場所には学生の頃から足を運んでいるのでかれこれ四半世紀以上もあちこちの店を訪れている。これが良いBARである、という正解があるわけでもなく、人によって求めるものも違えば、同じ人でもその時の気分や場所、一緒にいる人などシチュエーションが違えば自ずと求めるポイントが違ってくる。だからこそ、世の中にはBARの看板を掲げた店がごまんとあり、都会とか地方とかも関係なく存在しているものの一つがBARなのだろう。


 


著者は銀座一丁目で「STAR BAR」というBARを経営している方。ウェブサイトもあるので気になる方はチェックすることもできます。本の中身については、カクテルやウイスキーにまつわる話から著者である岸さんがバーテンダーになった理由や「STAR BAR」を運営する上で意識していることなどBAR入門者向けのレシピ(カクテルのレシピも少々)が書かれている。居酒屋やレストランには行くけどあまりBARには行かない、という人には比較的楽しめる仕上がりになっていると思う。まあ、僕にはほとんど必要ない内容でしたが・・・。


 


もし誰かから「BARに詳しくなりたい」と聞かれたらこの本を勧める前に良いホテルのメインバーに行くことを勧めるだろう。僕はこの「STAR BAR」には行ったことがないけど、BARの基準として考えるには向いていないと思っている。BARで提供されるカクテルにしても、ウィスキーやビールにしてもその価格は店によってまちまちだし(当然ながら立地にも左右される)、その根拠には接客や店のつくりを含めたホスピタリティも加味されている。だからこそホテルの格を基準にそのホテルのBARで提供されるサービスと価格を踏まえた上で街場のBARを見た方が納得感が生まれる。


違う見方をすると、そのBARの価値の大部分はバーテンダーのホスピタリティとそこに集まる客で作られる空間である、というのが僕の持論。つまり、BARにおける技術やお酒の希少性は全体から見れば実はそれほど大きくない。


 


なんでこんなことを書いているかというと、この作品そのものは読み物としてはよく出来ているし、非常に分かりやすく丁寧に書かれた文章だと思う。しかし、この本をどんな人にお勧めするか、と聞かれると答えに窮する。そもそもBARと言えども酒場であることには変わりなく、酒場というものは期待と結果の積み重ねで経験値を上げていくもので、本を読んで知識を得る類いのものじゃないはず。そう考えると僕には「STAR BAR」の販促ツールにしか見えない。Amazonを見るとレビューはそこそこだけど、中古価格はすごく低いでしょ。つまり、そういうことです。