「心の中で感じる周波数が違う」 8人の作家によるアンソロジー『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』




"あなたに、大切な香りの記憶はありますか? (文春文庫)" (阿川 佐和子, 角田 光代, 高樹 のぶ子, 熊谷 達也, 重松 清, 小池 真理子, 石田 衣良, 朱川 湊人)


 


記憶は案外いい加減なもので過去の出来事は意外と自分に都合が良いように格納されていることが多い。複数の出来事がごっちゃになっていたり、時間的な前後が曖昧だったり・・・と。でも、香りと一緒に格納された記憶はかなり鮮明に、そして正確に記憶されていることにビックリする。それは恋愛かも知れないし、無二の親友との初めての出会いの時のことかも知れない。


 


僕は、毎年、沈丁花と金木犀の香りを感じた日を「今日から春(あるいは秋)」って決めている。このふたつの香りは本当に「今日から」って分かるぐらいに昨日との違いを感じさせてくれる。徐々に感じるんじゃなく、まるで申し合わせたように一気に香りを放つ。それらの香りが記憶のスイッチを押して、過去のいろいろな思い出を呼び起こす。それは毎年の年中行事みたいなものでもある。


きっと僕だけじゃなくて、みんな何かしらの香りの記憶があるんじゃないかな。記憶は鮮明なのに口に出して話そうとするとなかなかうまく話せなくて、結局はひとりごちて・・・。


 


そんな香りの記憶にまつわるストーリーが8つ、それぞれの作家さんのテイストが滲み出たアンソロジーがこの本。阿川佐和子石田衣良角田光代熊谷達也小池真理子重松清朱川湊人高樹のぶ子という超豪華メンバー。


少しだけ脇道に逸れて・・・アンソロジーの良さ。好きな作家ができるとその作家の作品ばかりを読んでしまう傾向がある(僕だけかな?)。でも、なかなか新しい作家の作品に手を伸ばすのはちょっとだけ躊躇する。せっかく買ったのに楽しめない、とか・・・。そんな時にはアンソロジーで新しい作家さんの味を試食してみると失敗がない。まあ、今回のようなメンバーであれば失敗はあまりないと思うけど。でも「心の中で感じる周波数が違う」ってことは体感できると思う。


 


8つのストーリーはどれも甲乙つけがたいんだけど、あえてひとつを・・・と言われたら熊谷達也の「ロックとブルースに還る夜」を押すかなあ。「香り」がテーマの作品に「音楽」も加えた反則技で挑んでいる。特に仙台それも国分町の土地勘があれば、きっとテキストが映像になって頭の中を駆け巡ると思う。作品の中では主人公がクラプトンのアルバムをリクエストするんだけど、もしこのストーリーを映像化した時のエンドロールのバックに流れる曲はこれ。




 


このアンソロジーの楽しみ方は電車の中で通勤や通学時に読むのではなく、それぞれのストーリーが似合う場所、Barであったりゆったりとしたカフェであったり・・・そして似合う音楽と合わせながら読んだら、それこそ本から香りを感じるよ、きっと。