これは恋愛小説ですね 『虚栄の肖像』 北森鴻




"虚栄の肖像 (文春文庫)" (北森 鴻)


過去に単行本で一度読んでいるので、その時のエントリーを読み返してみた。そこにはこう書いてある。



花師と絵画修復師という二つの「表の顔」を持ち、過去の呪縛による苦悩に満ちた佐月恭壱の活躍をしばし待とう。


しかし、それは叶わぬ夢である。2010年1月、北森鴻氏はその生涯に幕を閉じたのである。


 


『虚栄の肖像』は『深淵のガランス』の続編になり、主人公は佐月恭壱である。佐月は銀座の古びたビルに事務所を構え、銀座の店に花を生ける『花師』、傷んだ絵画を修復する『絵画修復師』という二つの顔を持つ。どちらも本業であり、そのどちらもが表の顔である。亡き父も名を馳せた絵画修復師であり、美大時代にもその能力の高さを買われていながら不遇な人生を歩むことになる。前作『深淵のガランス』では明かされなかった佐月の過去が少しずつ紐解かれていく。




"深淵のガランス (文春文庫)" (北森 鴻)


 


本作は中編連作の体裁で構成されており、雑誌に掲載された2作(「虚栄の肖像」、「葡萄と乳房」)に単行本書き下ろし「秘画師遺聞」の3作で構成されている。タイトル作「虚栄の肖像」は複数の思惑が重なり合いながら話が進み、そして最後にはまんまと北森氏に騙された自分に苦笑いする羽目になる。「葡萄と乳房」では偶然、京都でかつての恋人と出会い、佐月の過去が明かされる。その恋人の父親は佐月の指導教授であり、人生を変えさせられた当事者である。今は亡き恋人の父親に対する気持ちの整理ができつつある佐月を、今度はかつての恋人の『今』が更に心を深みに誘う。2つ事実があり、その1つが佐月に新たな技術の習得をさせる。たった一度しか使わないために。そしてその結果は使われないことを知りつつも最後まで成し遂げる。


「秘画師遺聞」は佐月とかつての恋人のお互いの思いを描いたエピソードであり、ミステリーであり、恋愛小説である。読みながらこんな謎解きを織り込みながら、こんな愛の形を表現できる北森氏のレベルの高さにただただひれ伏す思いである。しかし、敢えて言わせてもらえば、エピローグの最後の2行はいらない。北森ファンは最後の2行が無くても、心の中でその2行を埋める。そして、静かに本を閉じるはずである。


 


でも、そんな熟成された北森氏の作品は読めないのである。まるで佐月が過去と現在に折り合いを付けようとする姿と北森ファンがもう北森氏の作品が生み出されないという事実に折り合いを付けようと思う気持ちがダブってくる。読み終わった後に、本棚の違う北森作品に手をのばすことだろう。


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[Book]「虚栄の肖像」 北森鴻 2008-11-22