多くの人に読んでもらいたい、そんな作品 『そうか、もう君はいないのか』 城山三郎


"そうか、もう君はいないのか (新潮文庫)" (城山 三郎)


正直、別の城山三郎が書いた文章だと思った。いつものちょっと硬めの文章の中に『芯』あるいは『主張』を織り交ぜながら書かれる城山調とは全く違う、『素』をさらけ出したような文章になっている。そして、本の間から城山氏が話しかけてくるかのような、まるで声になって聞こえるような錯覚さえ覚える。


奥さんの容子さんとの運命的な出会い、そして再開。いつも二人一緒に歩んできた人生だということがよく分かる。そしてタイプは違うのものの城山氏も容子さんも大らかな気持ちを持った人なんだろう。


 


本書を読んで内容はとは別に学んだことがある。それは、人が成長する時には必ず自分と向き合う時間が必要だ、ということ。もしかしたら、それは戦争かも知れないし、軍隊という組織かも知れない。昔は自分の意志とは別に否応にもそこを通過しなければならなかったが、今は自分の意志で自分と向き合わなければならない。そういう意味では今の時代の方が過ごしにくいかも知れない(向き合わなくても生きていける楽さもあるけど)。


 


志願して軍隊に入った城山氏は、入る前に抱いていたイメージとはかけ離れた理屈ではないルールで動いている組織を客観視することができたから、経済小説という新しい分野を切り開き、主人公とは別の第三の眼を持って描いてきたのだろう。本書の中でも容子さんの描き方がその第三の眼のような書き方はしていながら、ドライではない、常に暖かさを感じる『眼』になっている。


 


もう一つこの作品の価値を作っているのは娘の井上紀子さんの文章だろう。これがあることにより、その前の城山氏のエッセイが生きてくる。


城山作品を読んでいなくても感動できるいい作品だと思う。