ファージング第二弾はスケールも深さもパワーアップしている 『暗殺のハムレット (ファージングII)』 ジョー・ウォルトン




"暗殺のハムレット (ファージング�) (創元推理文庫)" (ジョー・ウォルトン)


この本は『本が好き!』から献本いただきました。


 


本書は『ファージング三部作』の第二弾で、前作を凌ぐ面白さとスケール感で展開されている。主人公の目線で語られる手法は継承されていて、前作に引き続き警部補のカーマイケル、そして本作の主人公 ヴァイオラ・ラーキンの二人によって語られ、ストーリーは進んでいく。ストーリーの構成も非常に綿密に練られていて、今回の主人公 ヴァイオラ・ラーキンは前作オリヴィア・サーキーの妹であり、前回の事件がきっかけで今回の事件に結びついていく流れはただたた感心させられるばかりである。


そして注目すべきはカーマイケルの立場の変化と本人の意志のギャップである。前作では事件の真相を究明したにもかかわらず最終的にその真相を公にすることができなかった上、逆に私的な弱みを握られ飼い殺しのような環境下で仕事を続けなければならなくなった。しかし、彼の警察官としての優秀さは上層部も認め、新たなポジションを提示される。カーマイケル自身は愛するジャックとの平和で自由な生活を手に入れるため、今回の事件が終わったらヤードを辞めようと決心しながらも彼には新しいポジションを拒否する自由はなかった。


 


本作の魅力は歴史的な史実とフィクションを上手に織り交ぜ、歴史的背景とハムレットのストーリー、そして登場人物たちの置かれている立場を重ねることでストーリーとは別のテーマを感じさせることである。そう『家族』という視点である。幼少の頃からラーキン六姉妹はそれぞれ別の考え方を持つように育てられた結果、それぞれ別の政治的思想の元に吸い寄せられていく。カーマイケルとジャックの会話からも『家族』というキーワードがあぶり出されていく。


 


ハムレットの有名な台詞『To be or Not to be』はヴァイオラの気持ちそのものである。『生きるべきか死ぬべきか』という一般的な訳ではなく、『(暗殺を)やるべきかやらざるべきか』である。当初、暗殺計画に嵌められたと自覚していたヴァイオラはやがて自分の意志でその計画に賛同する。計画への参加は『死』以外の選択がないことを意味する。相手はイギリスとドイツの両独裁者であり、両者が揃う劇場が実行場所、そしてヴァイオラはその演劇 ハムレットの主役である。ハムレットのストーリーを知っていれば、この暗殺計画がまるでハムレットのストーリーと重なって見えるだろう。


 


前作も大変素晴らしい作品だったが、本作の方がすべてのおいてスケールアップされており、そして深みが増している。更にいえば、訳者の巧さが光る。言葉を日本語に置き換えているだけではなく、著者の意図を十分に汲んだ上で言葉を選んでいる。前作を読んでいない方は前作から読んで欲しいし、両方読まれた方は三部作最後の作品も心待ちだろう。僕もその一人である。


 


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