強い個人の集合体が強い組織をつくる 『ビジネスマンのための「個性」育成術』 黒木靖夫




"ビジネスマンのための「個性」育成術 (生活人新書)" (黒木 靖夫)


 


本との出会いというのは得てしてセレンディピティなものである。「組織とその管理」というテーマは僕の中でずっとモヤモヤしたテーマで、組織の強化と個人の能力の育成がどうもうまく結びつかなかった。本書はそんな気持ちをスムーズに整理してくれて、たくさんのヒントを与えてくれた。


 


著者の黒木靖夫氏はソニーで取締役をされ、その後、自身でデザインセンターを立ち上げた人である。ソニーの創業者である井深氏や盛田氏と一緒に数々のプロジェクトに携わり、特にソニー製品のデザイン周りを中心に活躍された。デザインといっても、今でいうところの「デザインを起点としたUX」をはじめ、その製品をどう見せれば(文脈も含めて)伝わるか、ということまで包含しているのでソニーを大きくした立役者の一人であることは間違いない。


この作品そのものは10年以上前に書かれたものだが、今のこの時代の方が魅力的に感じるだろう。それは「ソニーだから」とか、「この時代だから」という話ではなく、普遍的なテーマを「組織」ではなく「個人」という切り口から説いている。


また外部の人がソニーという会社を表現するとどうしても「持ち上げる」か「批判する」の二極化しがちだが、客観的な視点でありながら暖かさを感じる表現が多い。著者の人柄でもあろうが、「個人」あるいは「個性」を重んじた考え方を持っていたことを感じる部分でもある。


ただし、一つだけ違和感を感じるのは本書のタイトルである。「育成術」よりも「個人の集合体である組織」の方がしっくりくる。


 


いくつか気になった部分をピックアップしてみたい。



物を作る企業の個性とは何か。それはメーカーズ・ウィル、つまり経営者なり職人なりの、個人の意志の表明にほかならない。こういう考えでこういう物を作っているのだという意志を製品に込めているのである。


こういうことを感じるモノは長く使っていきたいし、売った後もこういうメッセージは所有者に伝えていくべきだと思っている。世の中の多くのものは売るためのメッセージには注力するのに、売った後のメッセージは非常に希薄である。まるで「釣った魚には餌をやらない」ことを地でやっているような感じだ。供給過多な時代には所有者の気持ちが満足して、再度その製品を購入する、あるいはそのメーカの別製品を購入するコミュニケーションができるかどうかが重要だろう。そういう意味でもモノに込める気持ちとそのメッセージの発信は大事な「仕事」である。



私は井深にこう言ったことがある。「人が物を買うというのは、技術的に優れているからだけではありません。かっこいいとか可愛いとか持ってさわってみたいとかいった人の感情が物を買わせるのです」。盛田にさらに言わせれば、物を作る人の感情を買うことになるだろう。


五感に響かないものは買われないし、たとえ買われても長く使われない(=リピートされない)。手で触った時の感触や見た目はとても大事で、これを備えているモノはそのモノのストーリーと持っている人のストーリーが重なり、新たなハーモニーが生まれるものである。例えば音楽を聴くだけならスマホでも数千円の音楽プレイヤーでもできる。でもウォークマンにしかできないものが相手(所有者)に伝わった時には別の世界観が生まれる。それは機能によるものかも知れないが、人は機能に喜びを感じるものではない。機能によって生み出される「体験」に感動するものである。


 


久しぶりにじっくりと時間をかけて、そして部分部分で反芻しながら読み進めた一冊だった。この本はまた時間が経過した時にゆっくりと噛みしめながら読みたい。


 


*この作品は電子書籍で読みました。