涙を拭くハンカチを用意した上でお読みください! 『旅屋おかえり』 原田マハ




"旅屋おかえり" (原田 マハ)


 


旅に出かけて、いろいろな発見や新しい出会いに感激することがあるかも知れない。でも、きっと一番の幸せは帰ってきた時に「おかえり」って言ってくれる人がいることなんじゃないかなあ。


 


「元アイドル」と言っても過去を含めて大して売れたわけじゃない。今は「タレント」という肩書きながら、仕事は『ちょびっ旅』という土曜日の午前中に流れる25分番組のみ。芸名が「丘えりか」だから通称は「おかえり」。旅することがこの上なく好きだから、売れなくてもこの番組であちこちに旅することができるだけでも幸せだった。そう、「だった...」と過去形。番組中のちょっとした事故がきかっけで番組は打ち切り、当然唯一の仕事はなくなり、おかえりだけじゃなく事務所も崖っぷち状態(おかえりが唯一のタレントの零細芸能事務所なので)。


 


ひょんなことで「旅屋」という旅代理業をすることになる。旅そのものをに依頼人の代わりとして行き、約束した成果物を納品する。こんな商売が成り立つのか・・・実際に旅をするのが「おかえり」だからきっと成り立つんだと思う。いろいろな事情があってその目的の旅に出かけられない人は結構いるものだろう。ただ、目的地に行って「行ってきました」と言っても決して「成果物」にはならない。「おかえり」が納品する成果物はPricelessなのである。


 


出版順で言えば、この作品の前作は『楽園のカンヴァス』になる。『楽園のカンヴァス』は山本周五郎賞を受賞した作品だ。その延長線のテイストを期待するときっと裏切られる。そう、原田マハは変幻自在な作家なのだから。どちらかと言えば、『キネマの神様』に近い感じだろうか。平易な文章とある意味では日常に近いできことを綴りながら心の琴線を揺さぶる。書けそうで、絶対に書けない文章なのである。きっと作品のきっかけになる出来事を聞いた時(あるいは見た時)以降はかなり前のめりで取材やインタビューをしていると想像する。それも相当に楽しみながら。だから自然のその楽しさが滲みでてくる。


 


この作品の真骨頂は最後の9行に集約されている。


この9行のために約280ページが費やされていると言っても過言ではないだろう。この電話のシーン(実際には独り言調だが)の約束を果たした時の最初の言葉は...。


 


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