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ただの復帰作じゃない、スケールアップして帰ってきた 『張り込み姫: 君たちに明日はない3』 垣根涼介




"張り込み姫: 君たちに明日はない3 (新潮文庫)" (垣根 涼介)


 


まずこの本を読む人は先に既刊の垣根作品である『君たちに明日はない』と『借金取りの王子』を読んでから読み始めて欲しい。過去の作品の登場人物が今回の作品に登場することもあるが、それ以上に垣根氏の作品に対するスタンスの変化を感じて欲しい。




"君たちに明日はない (新潮文庫)" (垣根 涼介)




"借金取りの王子―君たちに明日はない〈2〉 (新潮文庫)" (垣根 涼介)


 


このシリーズはリストラ請負会社に勤める村上真介が主人公で、真介は彼にしかできないやり方でクライアント先の社員面談をし、目標の希望退職数にもっていく。「彼にしかできない」というのは、作業としての仕事ではなく、調査やその調査結果から読み取れる考察を踏まえて交渉のシナリオをつくる。


 


前2作と違って、今回の作品は著者である垣根氏の考えが強く滲み出た仕上がりになっている。一つには主人公の真介がこの会社で8年のキャリアを積み、その経験に基づいたキャラクターにした、という部分と垣根氏自身が充電期間明けの最初の作品であることも影響している気がする。


例えば、最初のエピソードである「ビューティフル・ドリーマー」は英会話学校に契約社員として勤める女性が主人公。卒業大学や卒業後の就職先を見れば英会話学校で契約社員で仕事をしているのが不思議なキャリアの持ち主。この辺の設定もこれまでと違う。これまではあたかもリストアの対象になりそうなキャラに対して対峙する真介を描いてきた。今回は構造的に課題を抱えている業界での話や会社の事業集中による会社都合によるリストアに軸を置き、またエピソードの中心になるキャラも表面的にはエリートだが決して器用ではないタイプを選んでいる。実は何の疑いもなく、有名大学→有名企業に就職したものの初めて自我との戦いに陥っている人が多いのかも知れない。


2つめのエピソード「やどかりの人生」では、まるでリストラ請負人になる前の真介そのままのようなキャラと対決させている。言葉としては表現されていないが、かつては同じタイプだった真介が相手に対して苛立ち、いつの間にか「こっち側」の人間になっていることに気づいていない。読みながら「真介、お前も今の会社の経験を積むことで『大人』になっちゃったんだ」と思わずつぶやいてしまった。


 


3つめのエピソード「みんなの力」は最後に涙を流してしまった。ストーリーの大枠の流れはいつも通りなんだけど、真介の同級生の山下(過去の作品に登場している)の活躍で真の「リストラ(クチャリング)」を完成させてしまう。主人公のエンジニアは会社からの要求である「効率」と自分自身の中の哲学である「品質」との間で葛藤しながら日々仕事と向き合っている。僕も過去にR32に80Wx6個のアンプでドライブさせるオーディオシステムをお願いしたことがあるので、ここに登場するRD3SへJBLを組み込む依頼をこのエンジニアに頼み込む気持ちも分かる。好きなものほど本当のプロにお願いしたくなる。


普段の生活を見渡してみてもどんどんプロ仕事が生きづらくなっているように感じる。まずは「価格ありき」で考えられているため、創造力を価値に変える隙間が残っていない。だからこそ、求められているものを求められている人に届けられるようにする必要がある。これが本当の「リストラクチャリング」なはず。そんな気持ちで読みながらページをどんどん捲って・・・。クルマの型番から中身をイメージできる人にはきっと鳥肌が立つと思う。


 


本書のタイトルにもなっている「張り込み姫」は雑誌の休刊が与えるリアルな影響を描いている。ここでも主人公はダメ社員ではなく、プロ中のプロを据えている。さらに踏み込んで、プロとして同じ仕事をしながらも立場の違いでその後の待遇に違いある「大人の事情」も含めて考えさせられる仕上がりになっている。


つまり、これまでエンターテイメント性が強かったこのシリーズは、エンターテイメント性は維持しつつも垣根イズムが強く押し出された形にスケールアップされている。だからこそ5月に出版される次回作への期待は大きくなるばかり。