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これが本当の垣根涼介かも知れない 『人生教習所』 垣根涼介




"人生教習所 (2011-09-30T00:00:00.000)" (垣根 涼介)


 


垣根諒介の作品には作品の面白さだけではなく、作品に埋め込まれた彼の哲学がある。 それは彼が旅行代理店時代に多くの国々を見てきたことで、客観的な目線でこの日本を見て感じたことを彼が綴る言葉で表現しているのかも知れない。


デビュー作『午前三時のルースター』から始まる垣根ワールドの中でも、この『人生教習所』はいろいろ考えさせられる一冊である。舞台は小笠原で、管轄でいえば東京都。恥ずかしながらこの作品を読むまで小笠原の歴史に興味を持ったこともなく、沖縄以上に日本であって日本でない場所ということを知らなかった。そんな小笠原で10日間の自己啓発セミナーが開催され、そこに参加する人たちの人間模様が描かれている。参加者は統計学社会学認知心理学などを学び、レポートや試験がある。試験に通らなければ本土に帰される。そして小笠原でのフィールドワークが重要な科目に指定されている。更におまけが付いており、セミナーの最終合格者の中で就職を希望する人にはその支援をする、と。このセミナーへの参加者の中には過去の垣根作品に登場する2名が含まれている。それが誰かは、読んでのお楽しみにしよう。


 


このセミナーの授業は非常にユニークで、読みながら僕自身が受講したくなった。


最初の授業は「人生の確率」というテーマ。これが講師の最初の言葉。



 「私が思うに、人生の事柄の大多数は確率論で説明ができます。最初に申し上げておきますが、これは良い悪い、という倫理観とはまったく別世界にある事象です。特に、ある事柄に関しての成功する可能性は、ほぼ百パーセント確率論で説明ができます。少なくとも私はそう思っています」


ここでは確率論を理解しながら「努力することの意味」という意識付けをしている。意外とモチベーションの研修に使えそうだな、と。


 


二つ目の講義は「人生の着地点」。講師はボードに「出発点→経由点→着地点」と書き、次に「認知」と書く。そして、



「この講義での『認知』とは、簡単に言うとですね」そう言って『心持ち』という言葉を、とんとんとペンの先で示す。「たとえばみなさんが、受験した学校の合格発表を見に行ったとします。行きはもうドキドキですよね。その学校へと至る道には桜並木があり、満開になっていたとします。でも、緊張と不安で心穏やかでないみなさんは、周囲の景色なんかほとんど目に入っていない」 なんだか異常なほどに滑らかな口調だと由香は思う。講談師のようだ。 「さて、みなさんは板に貼り出された合格通知を見ました。合格した人は、その帰り道に桜並木を見ます。満期の桜が、まるで自分を祝福しているように感じます。一方、不合格だった人も、帰り道で桜並木を見ます。満開の桜からほろほろとこぼれ落ちてくる花びら・・・まるで景色全体泣いてるように見えます。同じものを見ているのに、その見る人の心持ちによっては、全然違って見える。これが、すなわちここでいう認知の違いです。 


そして「自意識>心持ち」と書き、こう続く。



「もうみなさんにはお分かりですよね。今、あなたに見えている世界は、あなた自身なのです。あなたの映し鏡です。ある意味、それは釈尊の仏教本来の教えでもあり、そこからやがて派生してきた禅の精神でもある----。自意識とは、認知とはそういうものです。


要は意識したものしか見えないし、同じ現象をどう受け取るのか、それが事実として受け止められているということを伝えている。


 


セミナーはまだまだ続き、このセミナーを受けた参加者の心の変化が作品の味になっている。


どうしても過去の垣根作品を表面的に見るとミステリやハードボイルド的な感じを受けるが、この『人生教習所』を読んだことで本当は違うことを伝えたかったのかも知れないと改めて感じた。ミステリやハードボイルドは手段であって、目的というか主題は捉えていなかったのかとちょっと反省。さあて、本棚から垣根作品を引っ張り出そうか、と。