究極の秘密主義が生み出すAppleという組織 『インサイド・アップル』 アダム・ラシンスキー




"インサイド・アップル" (アダム・ラシンスキー)


 


Appleの製品やスティーブ・ジョブズについて書かれた書籍や文章はたくさんあるが、Appleという組織について情報はほとんど目にしたことがない。表面的に判断できる株式の時価総額を除けば、ジョブズの言葉以外のAppleという企業としての内部オペレーション、プロセスなどは不思議と聞こえてこない。というよりも、有名な「秘密主義」のために情報が存在していないのである。そう考えると、本書は非常に貴重な、そして少し距離を置いてAppleを俯瞰して見ることができる希有な作品である。


 


作品自体は10章から構成される300ページ弱の文章であるが、興味深いのは第2章の「ようこそインフィニット・ループへ -アップルにおける2つの秘密主義-」と第3章の「すべてをコントロールする」だ。前者は対外的な秘密主義だけではなく、対内的な秘密主義のレベルを元Apple社員のインタビューを通して表現している。著者の主観ではなく、インタビューから得られたファクトをベースに綴られているからこそ、その実態は非常に生々しい。読んでいるこちらの方が「Appleの製品は素晴らしいけど、中で働くのは決して楽しいものではないのかも知れない」と感じるぐらいである。この章の終わりはこう締めくくられている。



金の話にまったく興味を示さなかったことで有名なジョブズは、アップルにおける幸せと楽しみについて含蓄のある考えを持っていた。


「(アップルで働くことが)人生でもっとも充実した経験だったと言わない人はいない。みんなそれを愛している。楽しんでいるとうのとはちがう。楽しみは訪れて去るものだ」


 


後者はデザインも宣伝も、そして製造プロセスすらもコントロールすることを描いている。Appleと他者との決定的な違いはデザインである、ということに異論を唱える人はいないと思うが、その理由はデザイナーの地位のようだ。会議室にデザイナーが入ってくると誰もが話をやめる、と。


そしてこの表現こそコントロールの意味することが上手に表現されている。



アップルはガラスカッターを製造していない。カッターを製造する会社も所有していないし、カッターが使われる工場に社員も派遣していない。しかし、部品のサプライヤーが使うべきカッターを指定している。これは垂直統合の新しいかたちだ。かつては製造業者がプロセスのすべての段階を所有していたが、アップルは何も所有せず、すべての段階をコントロールしている。


絶対的優位な立場ならではのオペレーションだが、Appleに限らない他の会社のこれからのビジネスに於いても検討すべきアプローチかも知れない。


 


著者のアダム・ラシンスキーは9章まで本当に丁寧にたくさんの人のインタビューとイベントでジョブズやティム・クックが語った言葉を紡いでAppleという組織体を表現しようと試みている。しかし、第10章の「最後にもうひとつ(ワン・モア・シング)」は完全に彼の主張で構成されている。単なるApple信者の思いではなく、記者として冷静な視点で語られている。時々、崇拝するジョブズへの思いに揺らぎながらも・・・。


スティーブ・ジョブズという神を頂点とする世界のストーリーではなく、「プロフェッショナルとは」ということをAppleという組織を通して描いたストーリーであり、記者としてAppleを見てきた著者のジョブズへのメッセージとして読むと余計に感慨深い。