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読み手がいて初めて成り立つストーリー 『どちらかが彼女を殺した』 東野圭吾




"どちらかが彼女を殺した (講談社文庫)" (東野 圭吾)


 


推理小説の一番の蜜は謎解きをして犯人を突き止めることだろう。トリックを見破り、アリバイを崩し、運命としか言いようがない偶然などが重なりストーリーはドラマ化していく。定石というか、一番基本となる部分である。が、この『どちらかが彼女を殺した』は最後まで犯人が告げられずに終わる。しかし登場人物たちは確実に犯人を特定している。そう、最後のピースをはめるのは読者なのである。


犯人を特定するのは決して難しくない。当てずっぽうでも8割以上の確率で犯人を言い当てることができるだろう。が、「その理由を明確に記せ」と言われたら必ずしも容易ではない。作者の東野圭吾は文中にヒントというか、何をチェックすればいいかをはっきりと書いている。しかし決定的な部分は書いていない(文庫化でその部分を削ったらしい)。


 


僕は東野圭吾の作品すべてが好きなわけじゃない。が、加賀恭一郎が登場するこのシリーズだけは完全に作者に嵌められたというぐらいに夢中になっている。要因は主人公でありながら脇役だからだ。しかし、脇役なのにキャラが立っていて、魅力的な人物になっている。でも、大沢在昌が描く新宿鮫の鮫島のようにストーリー空間の中心ではなく、中心にはスペースが空いている。そのスペースに読み手というピースを合わせてストーリーが進む形なのである。


 


本作は加賀恭一郎シリーズの3作目で、和泉園子が恋人と友達の両方から裏切られ自殺を仄めかすシーンからスタートする。兄の和泉康正は愛知県警に勤めており、園子からかかってきた電話の後に音信不通になり、会社にも出社していないことからクルマを走らせ、東京の園子のマンションに向かう。


康正が合鍵を使って部屋に入ると、そこにはこの世の人ではなくなった園子の姿があった。状況的には自殺に見えるものであったが、康正にはそう見えなかった。そして犯人を突き止め、復讐する決心をする。警察官としてではなく、たった一人の肉親として。


警察に証拠を残さないよう細心の注意を払いながら、できる限りの証拠品を収集し、その後に通報する。警察も自殺として捜査を進めるが、たった一人、加賀恭一郎だけはそうではなかった。加賀は早くから康正が復讐を企ていることを察しながらも、康正の警察官としての正義感にかけた行動をとる。


この行動が加賀恭一郎のキャラを作っていく部分でもあり、読み手が感情移入していく部分でもあると考えている。それは、「何でも疑って真実を見つける」という刑事としての基本姿勢を貫きながら、人としては「信じ続ける」大切さを描いている。「疑うこと」と「信じること」は一見相反することであるが、東野圭吾は加賀恭一郎の中に同居させ、芯の強さを強調したのである。


 


この作品は最初から犯人の範囲も絞られた中でストーリー展開がされ、内容的にも比較的地味な仕上がりになっている。その代わりに犯人を明確に特定せず、主人公を脇役に置くことで新たな読み手一体型の作品に仕上げると共に加賀恭一郎というキャラを完全に確立したといってもいいだろう。東野圭吾恐るべしである。