これは良書、経験からのメッセージは心の奥に伝わる 『「まわり道」の効用 -画期的「浪人のすすめ」』 小宮山悟




"「まわり道」の効用――画期的「浪人のすすめ」 (講談社プラスアルファ新書)" (小宮山 悟)


 


正直に言えばそんなに期待はしていなかった。手にした一番の理由は高校の一つ上の先輩だから・・・程度。しかし読み進めているうちに、「これ、意外といいかも!」(大変失礼ですが)という気持ちで読んでいる自分がいた。お世辞抜きに結構大事なポイントが多く鏤められている。「そうだよね」と思ったいくつかの箇所を中心にコメントしてみよう。


 


早稲田の野球部時代、監督である師・石井氏のノックは日が暮れてボールが見えなくなっても続いたそうだ。そのシーンを描写しているのが、



外野のフェンスにボールがゴーンと当たると、音のしたほうに外野手が走る。ようやくボールを見つけると、それをもったまま内野手のところへ走っていく。あたりは真っ暗で、投げても相手は絶対に取れないからだ。


ボールを受け取った内野手は、同じように走って別の内野手に届ける。そのボールがまた、キャッチャーのところにまで走って届けられる。キャッチャーは、受け取ったボールをミットに収め、「アウト!」と叫ぶ。


そこで初めて、石井さんから、「ナイスプレー!!」と声が上がる。


この部分だけを見ると野球の体をなしていないんだけど、小宮山氏がこの後で書かれているが中継プレーでは何が重要なのか、中継するのはボールだけではなく「思い」も中継するものであることを考えさせ、体験させている気がする。


 


プロ入り直後、ロッテの先輩である牛島和彦氏(僕は選手時代の牛島氏が投げるフォークボールが好きでした)に相談した際の会話が印象的。



「おまえと同い年で、高校を卒業してプロになったやつらは、もう六年も野球で飯を食っているわけだ。自分がルーキーだと思っているなら、とんでもない間違いだぞ」


「この一年間で、そいつらと同じレベルで戦えるようにならなければ、おまえがプロに入ったのは失敗ということだ」


本書全体を通じて感じるプロの選手として気概の原点はここなのではないか、って気がしている。野球に対して、リーダーとしてはいろいろな経験の積み重ねだと思うけど、こと「プロ」意識のスイッチはこの瞬間だったのではないだろうか。


 


第四章(全体は五章構成)の『「平凡な自分」を受け入れる』は小宮山氏らしい切り口であり、書店にたくさん並んでいる多くのビジネス書よりも価値ある内容が凝縮されている。特に「準備」という部分は本当に同感である。「準備」は考えられるかぎりの「仮説」を立て、一つ一つを検証(本当に意味のあるデータなどを利用して)しながら本番に備えること、と僕は解釈した。そして自分に対する自信が生まれないのであれば、それは準備不足である。


小宮山氏の習慣を見てみると、普段の生活の中の些細なことでも意識して取り組んでいるか、そうでないかの差は雲泥の差になる、という結論に結びつく。そしてそうできるかどうかは「楽しい」かどうかに尽きる、と氏の言葉。「今の仕事が楽しくないなら辞めてしまえ」と檄も飛ばす。小宮山氏自身が野球を通じて経験、感じたことを野球という枠にとらわれずに伝えようとするメッセージが強烈に感じる。


 


本書は飾られた文章ではなく経験から発せられるメッセージは心の奥まで届く、そんな仕上がりになっている。若手に限らず、いま壁にぶつかってもがいている人には感慨深い言葉がたくさんあると思う。安易に「xx術」に流されず、本当に必要なものが何かを知りたければご一読を。野球の知識が無くても十分楽しめます。