10作目はこれまでの作品の総決算 『絆回廊 新宿鮫X』 大沢在昌




"絆回廊 新宿鮫Ⅹ" (大沢在昌)



「だって、あんたは新宿鮫なんだぜ」


晶のこの言葉が新宿鮫第十作目『絆回廊』のすべてを物語っている。これまでの鮫島が過去に終止符を打つ。そして新しい展開へと。


 


この『絆回廊』はこれまでの作品と違い、かなり過去のエピソードや登場人物の話を登場させる。前作『狼花』でも長年のライバル 仙田の最後を描くためにこれまでの経緯をかなり詳細に描いていた。今回は仙田のこともそうであるが、上司である桃井とのエピソード、また桃井を除く新宿署内での唯一信頼できる鑑識課の藪との関係などこれまでとは随分と書きっぷりが違う。考えられるのは2つあって、ひとつはこれまでのように雑誌連載されたのではなく、『ほぼ日』に連載するという新しい試みをしていていることである。これはこれまでの新宿鮫大沢在昌ファンとは違う読者に対する配慮(この作品単体でもバックグランドをある程度紹介し、人間関係を明確にする)だろう。


もうひとつはシリーズ10作目という節目の位置づけを意識していると思われる。新宿鮫の継続的な読者からすれば若干まどろっこしい文脈もあるが、そこは大御所 大沢在昌氏の文章力でリズムでカバーしている。実際に僕もほぼ通しで最後まで読んでしまった。最初の新宿鮫が1990年に出版されているので20年以上続いている作品ということも注目したいところである。


 


新宿鮫の舞台は当然ながら新宿で、敵は中でも日本最大の繁華街である歌舞伎町を中心に犯罪に手を染めている人たちである。物語の中で繰り広げられる犯罪の中心は銃やドラッグなどであるが、そこに歌舞伎町ならではの国際色を盛り込んでいる。しかし、その色合いは時代によって微妙に変化しており、最初の新宿鮫が発表された頃はバブルの絶頂期である。つまり、初期の頃と今とは時代背景が全く違うのである。そんな中で作品が長続きしている理由のひとつにその時代の変化を見事に取り入れていることが挙げられると思う。


たとえば初期の頃の外国人の登場人物(不法侵入者のような)は司令塔の下でミッションをこなす駒のような存在だったが、本作品では完全に司令塔になっている。それも物理的な故郷と精神的なアイデンティティが一致していない、ある意味では透明人間のようなキャラクターを中心に据えたところは興味深い(多分、読んでいない人には全くイメージできないと思うけど、読み終わったらこの意味を理解してくれると思う)。これは日本という国が単一言語、単一民族でほとんどが構成されているという事実とそこに合致しない人が少なからずいて、歴史の副産物として生み出されてしまった、ということを同時に考える機会を与えてくれる。


 


終盤は曖昧でグレーな表現になっている。次の新宿鮫シリーズへの布石でもあり、新しい展開の予告なのかも知れないとこの一冊と読み終わった時の感情としてはちょっと物足りなさを感じるかも知れない。前作、本作とかなり過去のキャラクターに手を入れているので、今後の方向性は予想しにくい感じになっている。どちらにしても節目の作品であり、読み終わった後に過去の作品をもう一度読み直したくなる気持ちは万人共通なのではないだろうか。