読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蓮丈那智の魅力を分析してみると 『凶笑面』 北森鴻


「GWには普段できていない読書をしよう」と思った人は多いと思うけど結果は如何だったのでしょうか。なかなか普段できていないことを連休だからといって実行しようと思っても難しいと思います。それよりも過去に読んだ作品をもう一度読み返す機会にした方が充実した時間になるような気がします。この作品も今回で何回目だろうか、と思うぐらい読み返しています。きっかけは『本が好き!』での風竜胆さんのレビューでした。このブログでも何度かこのシリーズには触れているけど、改めてもう一度。


 




"凶笑面―蓮丈那智フィールドファイル⟨1⟩ (新潮文庫)" (北森 鴻)


北森鴻はいくつかのシリーズものを展開しているけど、民俗学者 蓮丈那智が活躍するこのシリーズは3冊あり、『凶笑面』はその一作目にあたる。東京狛江市にある東敬大学(実際には狛江市に大学はありません)で『異端の民俗学者』の異名をとる蓮丈那智は斬新な考察の切り口はもちろんのこと、行動、容姿のどれをとっても周りが放っておかない。北森氏の表現の一部を引用すれば、



モンゴロイドからはかけ離れた彫りの深い顔立ちの那智が、こうして黙りこくると周囲の温度まで変わるようだ。椅子から投げ出すように伸びた足が、先ほどから二度ほど組み替えられた以外、那智の身体の部位で動きを見せているのはページをめくる指のみである。


どうだろう。Twitterでも流せる文字数で蓮丈那智が魅力的見えないだろうか。これはタイトルにもなっている『凶笑面』に登場する部分である。この作品は短編5作で成り立っているので、他の場所でも似たような表現が用いられている。『鬼封会』では、



短い髪を整髪料できっちりまとめた顔立ちは明らかにモンゴロイドとはかけ離れていて、「精悍な」という言葉を思い起こさせるほどだ。椅子から投げ出された脚が、そのまま身長の高さを示す。ただ、眉の薄さと鳶色がかった瞳がどこか酷薄なイメージを与える。そこへ、妥協を許さない言動が加わるものだから、人が那智に中性めいたイメージを持つのも仕方がないことかも知れない。


 


いろいろな指摘を恐れずに書くと、『イーオン・フラックス』のシャーリーズ・セロンがイメージとしては近い気がする。もちろん那智は日本人だし、シャーリーズ・セロンは日本人ではないわけだけど見た目以上に要素として持ち合わせているものはかなり近いものではないかと思う。


AF_0


 


文中に度々登場する那智が好んで飲む酒 マティーニの表現もかなり秀逸な部分の一つだろう。2つのステンレスボトルにはそれぞれタンカレーのジンとノイリー・プラットのベルモットが入れられており、この2つをブレンドしてマティーニを作る。僕が知る限り、タンカレーのジンでマティーニを作ることは稀で(好みの問題なので否定はしないけど)、一般的にバーでマティーニを注文するとジンはゴードンやビフィータを用いられることが多い。ジンをタンカレーにすることですっきりとした味わいになり、また敢えて通常使われるジンではない銘柄を用いることで那智のキャラクターの色づけに一躍買っていると思われる。


 


このシリーズの面白さを堪能するには民俗学の知識が必要であったり、他のシリーズを読んでいた方がベターなことは事実。でも、きっかけなんてものは何でも良くて那智の魅力に引き込まれながら民俗学の知識を得てもいいはず。そして知識が増えることでまた違った作品に見えることも事実なので、時間をおいて何度も読んでみることをおすすめします。きっと面白さは変化し、より北森ワールドが楽しい世界であることが分かると思いますよ。


 


関連:


[Thing]小説から学ぶ、今の時代に必要なスキル 2009-11-17