人間関係が生み出すドラマ、として読んでみるとさらに面白い 『境界殺人』 小杉建治




"境界殺人 新装版 (講談社文庫)" (小杉 健治)


以前に読んだ小杉作品で今回と同じように土地家屋調査士を主人公にした本書をずっと読みたいと思っていた。が、意外なことになかなか書店になく(同じようにブックオフなどにもなく)、ずっと僕の中で「候補」の状態が続いていた。しかし、今年に入って講談社文庫から新装刊として登場。やはり紙の本の宿命だけど、ある程度の売れる見込みがないと手にすることができない可能性があることも考えておく必要がありますね。


 


時代小説を数多く書いている著者らしく、文章の多くの部分で歴史的事実、今回の作品でいえば土地を巡る争いが高じて殺人に発展してしまった事件をかなり細かく記述している。本当にそこまで詳細な記述が必要かは別にして、この表現のお陰で若干かたい文章の印象を与える。しかし、登場人物の会話や情熱的な行動力によって文章に緩急がつき、さすがにベテランらしい醍醐味を味わえる。


 


土地家屋調査士の西脇ゆう子は横浜に事務所を構えている。看板は彼女の父親との共同事務所の体をなしているが、病で倒れてからは一人で切り盛りしている。元々はOLをしていたゆう子だが正義感が強過ぎるため組織には馴染めずに会社を辞め、いつしか土地家屋調査士として働く父親の姿を見てきた彼女にとって難関と言われるこの資格を取ることが一つの目標になった。実際に土地家屋調査士として働き出してみると、これまで知っていた父親は違う、信頼を積み重ねてきた結果による調査士としての父親を周りの調査士や弁護士たちから感じ取るようになる。ゆう子は仕事だけではなく、精神科医である孝介との家庭も大切にしている。そんな彼女のもとに息子たちに生前贈与したいから、といって分筆を依頼されることから事件が始まる。隣の家とは過去にちょっとした一悶着があり、それからというもの親しい仲ではなかった。さらにその境界を示す境界杭があろうことか見当たらない、ということが更なる憶測を呼び、事態を複雑化して事件へと発展してしまう。


 


この作品の面白さは土地家屋調査士というスペシャリストに光を当てたミステリーというだけではなく、親子、夫婦、近隣など誰しも普段から触れている人間関係の難しさを同時に説いている。恋愛や信頼という部分でも考えさせられる。単にエンターテイメントとしてのミステリーではなく、自分たちの身近で普段から起き、時にはストレスにもなっている人間関係を精緻に描写することで事件というのは特別なことではなく、誰にでも可能性があることを示唆しているのかも知れない。また現実感が強いからこそ、いつの間にかストーリーに引き込まれていく。小手先のテクニックではなく、共感を伴いながらミステリーの世界に引き込むこの作品は多くの人に満足感を与えると思う。


 


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