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近所の道路に出来たポールを見ながら

Life


何かを実現しようとする時にそれを機能でカバーする必要はない。それは人間は目で見えたものが意識されるわけではなく、脳で理解したものを判断するからだ。たとえばスーツ姿で新橋の駅前を彷徨いても周りの人と区別されないから事実上透明人間になることができる(=意識されない)が、同じ姿でリゾート地を歩いていれば他人からも意識される。


 


ポール


この写真は僕の家の近所の道路に付けられた道具でガードレールの代わりになっていて(ガードレールのすべてをまかなっているわけではないけど。ちなみにこの道具の名称は知らない)、道路に歩道を確保するためのものだ。元々は車道と歩道を区切るラインは引かれていただけだったがクルマが歩道側にはみ出したところで何ら影響を受けることがないので、歩道を歩く人(特に子供や高齢の方々)には非常に危険な状態だった。物理的に車道と歩道を分ける手段としてはガードレールがあるが、コスト、スペース(元々狭い歩道をさらに狭めてしまう)を考えるとこちらの方が有効な手段であろう。目的は何らかの手段で安全な歩道を確保すること。クルマ側から見れば『傷つけたくない』という意識から自然とスペースを確保する意識する。つまりポールとポールの間は何もない空間になっているものの、脳では『壁』と同じ意識を作り出し、ほぼガードレールと同じ役目をしているわけである。ただし、ガードレールのように物理的に歩道側を守ることができないが。


 


同じような考え方がいろいろなシチュエーションで利用できるんじゃないかと思っている。WebサイトのUIや商品のデザインとかでもいろいろあるだろう。気付いたらメモするように意識してみよう、と。