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『ジェームズ・ボンド 仕事の流儀』 田窪寿保




"ジェームズ・ボンド 仕事の流儀 (講談社プラスアルファ新書)" (田窪 寿保)



「マイ・ネーム・イズ・ボンド、ジェームズ・ボンド


本書の一行目の言葉である。『007』が好きな人ならこの一言で映像に、そして声となって届くことだろう。近所の書店で偶然見つけた一冊。書き出しの一行を見てめまいがしてしまった。もう他に本を選ぶ気力を失い、そのままレジで精算をして、とにかく早く座って先を読みたい、そんな衝動に駆られた。


 


著者はたまたま僕と同い年で、ヴァージン アトランティック航空日本支社のオープニングメンバー(新卒として採用)で、それ以来英国とのビジネスを続けてビジネスマンであり、商業作家ではない。一方で、ビジネスマンとしてノウハウを紹介したような内容ではなく、『007』のファンであり、長年英国とビジネスをしてきた著者が『007』に登場するシーンやエピソードを引っ張り出しながら英国の文化を裏付け、そしてジェームズ・ボンドだけではなく、かつての職場ヴァージンの総帥 リチャード・ブランソンのエピソードを交えて展開する話が面白くないはずがない。英国の文化、社会、歴史、仕事、ファッションを『007』でのジェームズ・ボンドの言葉や行動を通して紹介しながらも、決してステレオタイプな表現は一切しない。これほど気持ちよく、楽しく、さらにエキサイティングな気持ちを維持しながら一気に読んだ本は久しぶりだ。こんなことを延々書いていてもさっぱり分からん、と思われそうなので一部を例にこの本の面白さを紹介しよう。


 


第二章 ジェームズ・ボンドの考え方の最初に登場する「自分でルールを決める」というエピソード。著者自身も書いているが仕事だろうがプライベートだろうが世の中のほとんどは他人が決めたルールに縛られながら生きている。自由や平等という単語はあちこちに溢れていながらも自分の裁量で決められることは意外と少ない(結婚している多くの男性は更にその傾向が強いかも知れない)。実はいつもハチャメチャで自由気ままに過ごしているようなジェームズ・ボンドでも同様である。殺人許可証の称号『00(ダブルオー)』を持ってはいてもそれはMI6という組織および法のルール下でのことだ。現に多くの面では上司であるMに従順な部下でもある。しかし、ある部分では絶対的なこだわりがあり(マティーニのレシピとか)、時にはルールを破ることすら辞さない意志の強さと態度はジェームズ・ボンドだけではなく、英国紳士にあるという。実際、ジェームズ・ボンドが愛用するシャツ ターンブル&アッサー社(ダニエル・クレイグが主演したカジノ・ロワイヤルまで)の敏腕カッター ジェームズ・クックの話に裏付けられる。ジェームズ・クックはSAS(イギリス陸軍特殊部隊)出身であり、将来の経営者候補にもかかわらず有事にはSASに合流することを許されたライセンスを持っているという。これは映画の世界ではなく、リアルな世界の話。しかしそれは有事の話であり、見せびらかしたり自慢する話でもない。一方で、いつ何時も有事には対応できるよう心身ともに律している。たとえ小さなルールでも自分で決め、自分で守ることだ大事だと説く。


 


今の世の中に蔓延する虚脱感や閉塞感を社会や時代のせいにするのではなく、自分の気持ち次第で違って見えるようになる、と著者は繰り返しメッセージを書いている。小説/映画のジェームズ・ボンドや英国紳士から学んだ多くの事柄を生活者の目線でメスを入れている。200ページ弱の文章はゆっくり読んでも2時間あれば最後まで読み切れるボリュームだろう。でも、そんなもったいない読み方ではなく、もう一度そのシーンとその前後のジェームズ・ボンドを見ながら読んでみると感じ方はまるで違ってくる。少なくとも僕は自分のiPhoneに入れてあるダニエル・クレイグの『カジノ・ロワイヤル』をチェックしながら読んだ。