著者もメインキャラクターもバージョンアップ 『晩夏に捧ぐ』 大崎梢


"晩夏に捧ぐ (成風堂書店事件メモ(出張編)) (創元推理文庫)" (大崎 梢)

予定通りに大崎梢作品制覇に向けて二冊目を。本書は前作『配達あかずきん』同様に成風堂で働く書店員 木下杏子とバイトの西巻多絵のコンビで事件を解決するシリーズ。前作と違うのは短編ではなく、長編で一つのエピソードだけで一冊になっていること。そして舞台は成風堂ではなく、地方の書店で、だからこそサブタイトルに「出張編」と付いている。

 

舞台となるのは長野県で場所は架空の場所(駅名は久住駅)。だが、実在する場所から想像すると茅野がモチーフになっている気がする。八ヶ岳近辺は比較的よく知っているので、それらを考えても一番近いのでは。

この長野県の地方都市にある「まるう堂」が今回の事件現場。正式名称は「宇都木堂書店」なんだけど、トレードマークが丸印にひらがなの「う」なので地元では「まるう堂」で通っているらしい。そこで働く書店員の美保はかつて成風堂でバイトとして働いており、今回の事件を解決するために杏子に手紙で依頼(それも強引に)する。手紙にはその「まるう堂」に幽霊が出る、と書かれており、受け取った杏子は正直首を突っ込みたくない、という気持ちでいた。が、更に手紙は届き、そこには「幽霊の正体はわかっていて、27年前に起きた殺人事件が関与している」と穏やかでない内容が書かれていた。結局、杏子は多絵と一緒に事件を解決するために信州に向かう。

信州では27年前の事件の関係者にインタビューができるよう段取りされていて、杏子と多絵は次々と話を聞きながら27年前の事件を知る。それは地元を拠点に執筆活動をしていた流行作家が殺害され、犯人はその内弟子で犯人そのものも獄中で亡くなったというものだった。インタビューをしながらその犯人とされた内弟子に違和感を覚えながら、真相に迫っていく。

 

この作品は前作の続編としてエピソードを成立させているだけではなく、名探偵 多絵の成長とストーリーをシンクロさせているところがキモだろう。大人の振るまいができることが大人なのではなく、自分との向き合いできること、できないことを素直に認めるところが大人の第一歩だと思う。そのきっかけは何がそうさせるかは人それぞれだろうが、頭は賢くこれまで順調にきた多絵を今回の事件解決で大人への一歩を踏み出させるようにしているこの作品は今後の展開を考える上で重要な作品になっていて、著者もかなりチャレンジしている気がする。ともすれば、『短編はいいけど・・・』と言われかねない。

しかし、敢えてそこにチャレンジして、著者自身も成長している気がする。それは次作の短編を読んで確信した。多絵を成長させることで、前作の面白さ(バイトの書店員が事件を解決する)と新しさ(多くの人が知らない書店の裏側を紹介)だけではなく、著者自身の考えや思いのようなものを伝える土壌を作った、と言ってもいいだろう。

 

短編の間にこの長編を入れたことが意図的かどうかは分からないが、結果的には登場人物も著者もバージョンアップしたことには変わりない。やはり作品を読む順番は重要だね。そうそう、この本のお陰で街の書店を細かく見て回りたくなった。