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用意周到な構成がエンターテイメントを作り出す 『クレイジーボーイズ』 楡周平




"クレイジーボーイズ (角川文庫)" (楡 周平)


楡周平作品の素晴らしさは複数の時事ネタを融合させてストーリーを作っているのに最後まで破綻せず、そしてエンターテイメントを貫いているところである。本書『クレイジーボーイズ』というタイトルからは想像がしくにいが、企業内研究者が画期的な発明をし、それを個人で特許申請し、会社と係争する。画期的な発明とは水素燃料自動車の課題の一つである燃料タンクであり、これによる既存勢力との利権対立を描き、日本の裁判制度の問題点も同時に盛り込みながら、世界規模の環境保護団体の『組織』を同時進行させている。それぞれモチーフとなる事件や団体がありながらも、あくまでモチーフとして利用しているだけで読み手に親近感を湧かせている。


 


企業内研究者が画期的な発明(職務発明)をして会社側と訴訟した話は青色発光ダイオード日亜化学を相手にして中村修二氏がモチーフになっている。更に本書の中で特許を取得し、その後、カリフォルニア大学バークレー校の教授になっているところも読み手の意識がそこに行くような仕掛けになっている(中村氏はサンタバーバラ校)。


実はこの部分に限らず多くの部分で多くの読み手が抵抗なく読めるような細工があちこちに感じられる。それは舞台をサンフランシスコにしたことで『坂』を強調してみたり、猟銃のシーンではその時の獲物の話やその後の処理の仕方をかなり詳細に綴っている。これは楡周平作品の特徴でもあるけど、詳細な描写をしながらストーリーをつまらなくせず、逆に読み手を感情移入されるような表現をする。この作品は若干経済小説的なテイストが強めに出されているが、あくまでエンターテイメント小説を最後まで貫くためにこのような手法を用いて、なるべく多くの人が特別な知識無く読み進められるよう平易な内容に抑えられている。きっと真山仁だったら全く違うイメージが残るだろう。


 


ストーリーの中心は特許を取得し会社と裁判を継続中の研究者が米国で突然の死をとげ、研究者の息子が仲間と一緒に事件の真相を究明するために非合法なやり方で黒幕に迫っていく話である。基本的には善悪が明確に分かれた構図で、『善』の方も非合法な部分は罪に問われる、というシンプルな流れになっている。この構造がシンプルなことが最後まで一気に読めるポイントなのかも知れない。ほとんどの楡周平作品はかなりのページ数なのにそれほど苦労せずに読める特徴がある(デビュー作『Cの福音』から始まるシリーズはかなりのページ数の作品6冊で構成されている)。文章が上手だ、と言ってしまえばそれまでだが、実は細かい部分はかなり気を遣っている感じがあり、全体の構成はかなり綿密に考えられている。


この作品の醍醐味は籠城シーンの最後の息子の告白だと思っている。さらっと流すように書かれているが彼の年齢がキモだ。それをお膳立てするような警察側の登場人物も用意周到な設定になっている。そこまでいくと、初めてこのタイトルにした理由が朧気ながら理解することができる。ここまで作り込まれた作品も本当にあっという間に読めてしまうので、多くの人は満足感を得られるのではないだろうか。


ただし、ラップトップをネットに繋ぐシーンはいただけない。ここは文庫にする際には手を入れるべきだったろう。