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エンターテイメント性とフィロソフィの融合 『魔物』 大沢在昌




"魔物(上) (角川文庫)" (大沢 在昌)




"魔物(下) (角川文庫)" (大沢 在昌)


『魔物』というタイトルはなんとも古風というか、普段使わない言葉だからこそ不安を感じさせる響きがある。単行本は2007年11月に出ているので、3年経過しての文庫化は標準的なスケジュール感だろう。単行本でも一度読んでいる作品なので、どんな感想を持ったのか自分のブログをチェックしてみたところ大したことを書いていなかった。こういう風に考えると過去のアウトプットはちゃっと残しておかないといけないなと思う。


 


さて、本書は新宿鮫『無間人形』で鮫島と一緒になって活躍する麻薬取締官の塔下が登場する。が、彼が主人公ではない。彼の部下である大塚が主人公(僕と同じ名字)で、舞台は北海道、東京だけではなく、ロシアと広範囲だ。通常、海外との行き来は飛行機をイメージしてしまうが、港がある街では船がその手段で、場所によっては東京よりも海外の都市の方が身近に感じることもあるんだろう。例えば、稚内(作品の中でも地名だけは出てくるけど)なんかは海を挟んですぐにロシアだし、東京に住む僕らが抱くロシアのイメージとは全く違うイメージを持っているかも知れない。


あらすじにすこしばかり触れておくと、主人公の大塚は中学生の時のある出来事がきっかけで悪に対する嫌悪感を強く抱くようになり、やがて麻薬取締官になり、生まれ育った東京から北海道に異動する。ロシアとの麻薬ルートの情報収集を主なミッションとしていて、そこで麻薬取引の情報を得る。取引現場で押さえるのはなく、ルート解明のためにCD(コントロール・デリバリー)で泳がす予定だったところで道警と鉢合わせになる。つまり、情報は他にも漏れていたわけである。その後、取引相手の通称ロックマンは奇怪行動を始め、多くの犠牲者を出す。拳銃の弾を身体に受けても不死身で神出鬼没。人間では考えられない力を持つロックマンを追い詰める大塚は、やがてロックマンは魔物に取り憑かれたために人間では考えられない能力が備わっていることを知る。そして魔物は違う人間に取り憑き、その力を強めていく。そして大塚自身が一番避けてきた過去の出来事にたどり着き、魔物と戦いながら自分との決着をつける。


 


大沢氏の作品の中には何作か今回のような非現実的な世界を描いた作品が存在する。それらはミステリーというよりもエンターテイメント作品として書かれているわけだけど、この『魔物』はそれだけではなく大沢氏のフィロソフィが登場人物たちの会話の中で表現されている。宗教観、組織に於ける上司と部下の関係、そして恋愛観も。これは上巻の後半のかなりのページを使って展開されている。かつては佐久間公シリーズが大沢氏の等身大のキャラクターだったけど、今は変幻自在、どんな作品にでもエンターテイメントを描きながら自身の哲学を溶け込ませている。そして大沢在昌という『魔物』に取り憑かれた登場人物たちがその言葉を発する。


 


改めて読んでみると単に面白いだけではなく、そこにいろいろなメッセージを感じて厚みがある作品だなと感じた。上下巻あるのでそれなりのボリュームがあるけど、ほんとにあっという間に読み終えてしまう。さすが大御所、貫禄だけではなく作品の質で勝負している。


 


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[Book]「魔物」 大沢在昌 2008-08-06