良質な作品は『普段使い』に耐えられる 『正義を測れ』 小杉建治


"正義を測れ (光文社文庫)" (小杉 健治)

本書は過去に単行本を読んでいるので読むのは2回目になる(なぜかブログには残していない)。電車の中でiPhoneにてニュースを読んでいる時に『土地家屋調査士』という言葉を見つけ、「そういえば過去に読んだな」という記憶がよみがえり、急いでメモをした。著者は小杉建治氏で、多彩な作品を生み出している作家の方。本書も小杉氏らしい切り口が随所に見られる。

 

本書は連作短編の形式を採用しているもののテイストは長編小説のような印象を受ける。とは言え、7つのエピソードに結論の1作の構成で、それぞれのエピソードには終わりがあることからやはり連作短編と呼んだ方がいいのだろう。主人公は土地家屋調査士というあまり一般的ではない職業の大地尚一郎。そしてマジシャンというもう一つの顔を持つ。そしてもう一人の主人公 内野雨季子。二人の出会いは最初のエピソード『隣の家』で。海外旅行から帰ってきたら隣には車庫が出来ており、その車庫が自分の家の敷地にはみ出しているのではないか、ということであちこち相談した結果、土地家屋調査士の大地に土地を計測してもらう。土地の境というものは曖昧だと何かと気になるものだろう。それは単に『高価』という金銭的な価値以外にも代々相続してきた場所など人だからこそ発生する意識が生まれ、ことを複雑にそして難しくしているのだろう。だからこそ土地家屋調査士は技術面以上に人の調整力が求められるらしい。ちょっとニュアンスが違うけど、競走馬の調教師は単に馬の調教だけではなく、馬主を含めた関係者全員の調整や運営の要素が必要なために免許を取得するのが難しいのと近いのかも知れない。

本書は土地家屋調査士の仕事を通してのエピソードを描いているだけではなく、その難しいい問題で発生した『事件』を解決する、というミステリーになっている。更に全体を通して描かれているもう一つの大きな事件も少しずつ真実が見えてくる。それだけではなく、尚一郎と雨季子の恋愛、そのライバルと中身は盛りだくさんにもかかわらず上手に全体をまとめている。実は1回目に読んだときにも感じたことなんだけど、作品の仕上がりには絶賛するような印象はない。しかし、今回のようにまた読みたくなる作品なのである。お酒でも大吟醸などは1杯飲むにはいいけど、毎日は遠慮してしまう。逆に強烈な特徴はないものの、毎日飲める普段使いのお酒もある。著者には失礼かも知れないけど、その普段使い的な仕上がりで毎日でも飽きずに読み続けられる感じがする。実際に繰り返し読みたくなる作品は稀なので、それだけバランスよく良質な作品であることは間違いない。

 

本書の魅力は二人の主人公の生き方だろう。男としての尚一郎、女としての雨季子の両方が魅力的である。正義を貫くための悩み、踏み込みながらも心では心配する姿。きっといつの間には共感しながら、そして二人を応援しながらも心の中で焦れてくる自分がそこにいるはずである。

こういう良質の作品はなかなか巡りあわないので、貴重な作品の一つである。個人的にはこの後のエピソード、つまりシリーズ化を望んでいるんだが叶うのだろうか。