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『生きてる』って感じるのは必ずしも安泰との時とは限らない 『流れ星の冬』 大沢在昌




"流れ星の冬 (双葉文庫)" (大沢 在昌)


珍しいことに大沢作品が二日連続になった。


もう10年以上に渡って大沢作品を読んでいるので読んでいない作品は数えるほどしかない。その中の一つがこの『流れ星の冬』だった。新宿鮫のようにシリーズになっているわけでもなく、作品そのものが出版されてから15年以上経過しているのでなかなか書店の棚にも置かれていない。逆に大沢作品のように多くの作品が存在する場合、意図せず同じ作品を複数回購入してしまうこともある。最初の数十ページを読んで、『あれっ?』と気づく。そうならないように最近ではEvernoteに『読んでいないリスト』を入れて書店でiPhoneをチェックするようにしている。


 


『流れ星の冬』はハードボイルドにありがちな探偵や警官が主人公ではない。さらに主人公の年齢は65歳で、通常とは前提を大きく外して作品に挑んでいる。


主人公の葉山は短大で染め物を教える大学教授で学部長でもある。しかし、戦後の混乱期には『流星団』という強盗団の一人としての暗い過去がある。『流星団』は強盗団ではあったが、そこには矜持があった。戦後のどさくさで財をなした成金からブツをいただく、拳銃を持ちながらも人を殺めない、というのはリーダーである阿比のひねくれた正義感からである。阿比の下に4人のメンバーで構成される『流星団』によって阿比は絶対だった。それは権力での上下関係ではなく、阿比の考え方、決断力に惹かれてそうなっていたのではないかと想像される。


そして40年後、葉山は御宿の別荘で暴漢に襲われ、他の『流星団』のメンバーにも同じようなことが起きる。葉山は大学教授という立場で生きながらも、どこか『生きる糧』を見失っている時でもあり、暴漢とのやり取りの中で内に秘めたる心に火が付いた。



「百万です。忘れてください。私たちのことを」


葉山は金をだしだした。


(中略)


午後十時二十分。


あの男たちが戻ってくるとすれば、真夜中過ぎになる筈だ。


最初のシーンのくだりにこんな部分がある。先のことを想定し、自分の体力も鑑み、すべき手を打った上で相手を待つ。きっとどこかで『生きてる』という感覚を味わいながら・・・。


 


佐久間公シリーズが大沢氏の等身大ハードボイルドだとしたら、この葉山は大沢氏が描く年老いた時のイメージなのではないかと感じる。それは葉山と阿比との間で交わされる会話にたびたび出てくる。『価値観』や『人生観』といっても良いかも知れない。体力以外にも若い時と年老いた時には心の置き方が違うことを葉山や阿比の言葉として表現している。



「このことは覚えとけ。この年になるとな、欲のない奴はたいてい負けるんだ。格好をつけることにばかり気がいっちまって、欲をかくのを忘れるんだ。年よりどうしの喧嘩はな、欲のある奴が勝つ」


そしてにっと笑った。


歳をとってからの戦い方、そろそろ僕自身も変化が必要なのかも知れない。