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話題便乗ではなく、本当にそう思う

Thing

一個人


年間にそれなりの数の本を読んでいると『どうしてこの本とこの本の値段が一緒なんだろうか』と疑問に思うことが結構ある。最近では新書にその傾向が多い。一時期は各社文庫を出版し、数年前からは単行本よりも手軽で一つのテーマに絞って書かれた新書が量産対象になっている。考えてみれば音楽だってアルバムの値段にほとんど差異がないにも関わらず、中身は大きく違う。ただ、音楽の場合にはそれで満足する人もいる(歌は上手じゃなくても、その人の声の歌を聴ければ満足というような)と思うけど、本の場合には『情報』に価値が無ければ意味が無いので、中身の薄い本は割高感を感じる。


 


短期間に量産しながらも品質を保っている作家もいる。僕の中では日垣隆氏はかなり量産しているけど、品質も保っているし、テーマもそれぞれ別で尊敬に値すると思う。一方、書店の平積みでコーナーができるほど同一作家の作品で埋め尽くされているようなものはまず手にしないようにしている。フェアなどで過去の作品も含めて並べれられているのであれば別であるが、ビジネス書ならびに新書でこのタイプはほとんど水で薄められた作品。もし選ぶのであれば初期の作品だけ。


 


実は僕にとって、もっとも正直な場所があって、それはブックオフ。本に限らず中古市場は需給のバランスで成り立っているから供給過剰な本は価格も下がり、かつ在庫が多くなる。ブックオフの店頭で同じ本が大量にある場合、ピークを過ぎ、過剰在庫になっている作品あるいは作家、という見方をしている。


もう一つ僕自身に置き換えて考えてみると、読んで共感したり、価値を感じた本はまず自分の本棚に並べるためブックオフに持ち込まない。同じような心理が働いている場合、ブックオフに流通されやすい本はそこまでの価値がない、と判断された場合なのではないだろうか。


経験的にブックオフで購入した新書で本棚に残っているのは3割ぐらいだろうか。ちなみに勝間本は新刊、中古を含めて買ったことがない。