読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

思わず笑ってしまった真面目な寄稿文 読売新聞『地球を読む 報道の電子化』2010年8月8日付


最初に僕の立場を明確にしておこう。僕は新聞肯定派であるし、一人暮らしの時も、そして今も新聞を購読しているし、好きなメディアである。TVを見る時間は極端に減ったものの新聞は朝刊・夕刊問わず、できる限り目を通すようにしている。ここ暫くは読売新聞を定期購読しており、そんな中で今日の1面-2面に展開された山崎正和氏による寄稿文には甚だ疑問だけが残る思いだった。


 


『地球を読む』というコーナーが読売新聞には定期的に展開されており、今日のテーマは『報道の電子化』に対する山崎氏の提言だった。どの新聞社もそれぞれWebサイトを持っており、新聞の電子化を手掛けていそうだが、実際には本年3月からスタートした日本経済新聞電子版が日本に於ける商用の電信新聞の先駆けになる。商用と書いたのは、日本経済新聞のみが有料にてサービス提供する新聞(無料版も提供されているが機能や情報量が制限されている)という形態を採用している。サービスの一部を有料にしているものは存在するが、通常考えられる新聞としてのサービス提供を有料にしているのは現時点で日本経済新聞のみである。


 


僕は自宅では読売新聞を定期購読しながら日本経済新聞の電子版を有料購読し、過去にこのブログにも書いたがTHE WALL STREET JOURNALの電子版も契約している。山崎氏の論調は、電子新聞への批判という立場で、新聞の電子化がプロの記者を窮地に追いやり、良質な記事が失われていく、という短絡的なものである。事実を強調するために米国での新聞社の状況を挙げ、更にはブログやTwitterなど盛り上がりが危機感を招くと説く。


 


新聞社の記事は記者が書いたものがそのまま掲載されるわけではなく、何重にもチェックを受けた上で掲載される構造になっているため、裏付けがない内容は基本的には掲載されないだろう。が、メディアの情報が必ずしもニュートラルで正しい情報とは言えない、ということがこの寄稿文を読むだけで証明出来てしまう。メディアに限らず、どんな業界も法律の変化やテクノロジーの躍進によって構造の変化をしながらビジネスを継続している。比較的近しい分野で言えば、固定電話は携帯電話に取って代わられ、公衆電話はかなりの数が消滅し、今や都心部での若者の一人暮らしでは固定電話を持たない人の方がマジョリティになりつつある。そんな中、NTTの地域会社は徐々にではあるが構造変化をしながら『音声』以外の情報も同時に利用できるライフラインとしての地位を確保すべくビジネスをしている。もっと将来は固定回線そのものが意味の無いものになってしまうかも知れない。でもそれは、時代が求めている変化であって回避しようがない現象だろう。


 


実は新聞も同じで『宅配制度』、『紙』、『広告依存収益モデル』から変化を求められているのであって、懐古主義を押しつける方が筋違いであり、またその文面が1-2面に堂々と掲載されていることが不思議である。プロパガンダとして掲載するのであれば、中学生にも論破されるようなロジックはあり得ないだろう。もし山崎氏が言われるような『深刻な危機』ということであれば、このレベルの文章をメインのコーナーに載せた新聞社の体制のことを指しているのだろう。