100冊のミステリーよりも面白い 『刑事眼―伝説の刑事の事件簿』 三沢明彦


"刑事眼―伝説の刑事の事件簿" (三沢 明彦)


この本は『本が好き!』から献本いただきました。


 


一言でいえば、ミステリー小説100冊読むよりも圧倒的に面白い。著者の文章力に支えらている部分も多いが、それ以上に登場する元警察官の人間臭さ、純朴で真っ直ぐな信念についつい引き込まれる。この本は掛け値なしで推薦したい。


 


泥棒専門の手口捜査官、手配書の写真をとにかく頭に焼き付けひたすら街を彷徨う見当たり捜査官、スリだけを追い続けるモサ刑事など刑事ものではほとんど注目されない人たちが主人公である。


泥棒のほとんどは常習者によって行われるため、それぞれの泥棒が残す癖を探し、頭の中にたたき込む。泥棒も刑務所の中で同業者と情報交換をし、手口が進化する。それでも『不変』の癖を見つけ出し、頭の中に蓄積していく。コンピュータのように事実だけを蓄積するのではなく、進化する部分も考慮しながら蓄積していくわけだ。ありとあらゆるものがコンピュータ化されつつある中で、人間にしかできない部分を直向きに続ける。


全国の手配書の中から自分の地域に関わりそうな犯人の写真をただただ眺め、街の中で頭の中の写真とマッチングをする。写真という二次元の情報を頭の中では三次元、あるいはそれ以上のイメージを作り上げていく。特殊な技能はいらない。必要なのは『絶対に捕まえる』という強い意志と『あきらめない』こと。マニュアルではなく、先生(あるいは師匠)について身体で覚えていく。ちょうどスター・ウオーズのマスターとパダワンの関係のようだ。先生(師匠)は犯人を捕まえることだけではなく、行動計画、部下の成長のすべての責任を持つ。完全なる師弟関係が信頼の上に成り立つ。


街に出て普通の人とは違う『眼』を追い続けるモサ刑事。スリの上級者になればなるほど、その『眼』の動きは一瞬でしかない。その一瞬を逃さないのは自分のアンテナの感度を上げ、ただただ街の中で動くしかない。一方、自分自身の気配は消さなければいけない。サッカーのディフェンダーのような仕事を忍者のような動きでするような感じだ。


 


どの元警察官も最初からそれらの特殊技能があったわけではない。警察官としての『誇り』と『あきらめない』気持ちが彼らをそうさせた気がする。元警察官にインタビューしながらまとめられたノンフィクションでありながら、十分ビジネス書としてもレベルが高い。ミステリーファンもビジネス書ばかりを読んでいる読者も間違いなく満足できる一冊である。