復讐の連鎖を断ち切る 『求愛』 柴田よしき


"求愛 (徳間文庫)" (柴田 よしき)


私立探偵の友人や知り合いがいないので本当のことは分からないが、小説の世界ではなく現実の探偵業というのはこの作品に出てくるようなことがほとんどなのかも知れない。そういう意味では作品を楽しむ、という本来のテーマの他に『私立探偵』という仕事への理解も同時に得られる。また人間が持つ本能の一つ『復讐心』についても考えさせられる。


 


主人公の小林弘美は翻訳を仕事とするフリーランサー。決して生活は楽ではないが、自分のキャリアを生かした仕事で生きていけることを考えると幸せなのかも知れない、と自分を押さえ込んでいた矢先に親友が亡くなり、その後の絵はがきが届く。親友の死に不審な点を感じ取り、独自の調査を始め、やがて真実にたどり着く。事実を知りたい、と始めた調査だったが、それは同時に別の人の人生を変えてしまった。事実にたどり着くためには他人の懐に飛び込み、相手が嫌がる部分に触れる必要がある。そんな『探偵業』に嫌悪感を感じていた弘美は、やがて探偵としての能力を開花させる。一方で、常に自分が動くことで発生する新たな『負』の一面と向かい合いながら弘美自身が成長していく姿を描いている。


『復讐から新たな復讐が生まれる連鎖』はこの中でも大きなテーマになっている。連続短編の形を採りながら、長編小説の醍醐味を持ち合わせているのが本作品の特徴でもある。


 


精神的な面だけを捉えれば、大沢在昌氏の佐久間公シリーズで主人公の佐久間公が調査員として類い稀な才能を発揮する一方で、自分がしている行為に疑問を持ちながら自分自身と向き合い、成長していく姿が重なる。しかし、今回は書き手が女性ということもあり、弘美自身も女性という女性ならでは・・・と思わせる部分も多くの箇所で伺える。


 


本作品のタイトルにもなっている最終章は多くを期待させる結末になっている。柴田よしき氏の新たなシリーズの始まりを予感させる。


実はこの本は先の『名残り火』、『Kの日々』と一緒に買い、書店でカバーを付けてもらっていたので、読み終わるまでタイトルを全く意識しないで読んでいた。読み終わった今、『求愛』と名付けられたこのタイトルには勇気と自信を感じる。