希望とは、自分たちが努力し、奪い取るもの 『ベイジン』 真山仁

ベイジン


真山仁氏の作品は安心して読むことができる。きっとプロットが綿密で、事前の調査がしっかりしているからだと思う。だから、どの作品を読んでも外れがない。しかも毎回違う分野にチャレンジしているところが凄い。


『ハゲタカ』をはじめ、扱うテーマはどちらかと言えば経済小説っぽくなりがちなのに、もっと広いメッセージを与えるような作品に仕上がっている。それだけペンの力量がある、ということだと思うけど、それ以上に真山氏の各作品に込められている明確なメッセージがあるからだろう。実は本作『ベイジン』は単行本で出ていたことも知ってはいたが、なんとなく読まずにいた。特に理由は無いんだけど、僕の場合には自然と『読む本』(購入するだけではなく、実際に読む本を指します)は後になって意味があることが多い、だから自然に任せて読む/読まないを選択しています。これもたまたまなんだけど、4月の幻冬舎文庫を読んでいる率が凄いことになっている。


"ベイジン〈上〉 (幻冬舎文庫)" (真山 仁)


謝辞のところにも真山氏が書いているけど北京オリンピックに合わせて書かれた作品であり、今回の文庫化はきっと上海万博で中国に対する注目度が上がることを外的要因として出版されたのでしょう。あらすじとしては北京オリンピックに合わせて原子力発電所を中国の自力で運転させる、この目標に対して政治の思惑、企業の立場、中国という国、そしてそれぞれの人の気持ちを描いている。この本を読んで非常に理解が深まったのは原子力発電所を作り、運営するということは、広範囲で高度な技術力、豊富な経験、それにそれらを支える人材が不可欠であること。発電所と言えば、広大な土地と建物をイメージするけど、実はミクロン単位で設計・製造する技術が必要で、それらを理解して作れる企業は意外と少ないらしい。そして作品の主人公がそうであるように、心配性な面と大らかな面の両方を持ち得た人物がマネージメントしないとうまくいかないプロジェクトでもある。『神の火』と呼ばれる原子力エネルギーはちょっとの油断が神からの制裁を受ける原因となる。


"ベイジン〈下〉 (幻冬舎文庫)" (真山 仁)


そして中国という国を理解する上でも参考になる作品だと思う。不思議なもので、距離的にも近く、日本にも多くの中国人がいるにもかかわらず僕を含めて多くの日本人は中国のあまり理解していないと思う。急激に富裕層が増加している、世界の工場化している、コピー天国と中国のイメージはそれほど良いものではない。しかし、一人の個人の目線で見ているといろいろと歪みを感じながらも力強く生きていることが分かる。実は中国で原子力発電所を造るプロジェクトをリードする日本人の主人公を描きながら、中国という国が抱える歪みと失われつつある日本人らしさを炙り出そうとしたのではないか、と想像する。そういう視点で見てもこの作品はよく出来ている。


 


心に残ったあるシーンのセリフを残しておこう。



「お二人を繋いだ絆って何だったんでしょう」


「それは希望です」


 


「諦めからは何も生まれない。希望とは、自分たちが努力し、奪い取るものだ」