原田マハのショートストーリーを検証する
短めの文章の中でどこ部分がフックになっているかを検証してみよう。実際にタイプしてみたら、1400文字程度なので、原稿用紙で3枚半。ちょっとしたブログの記事でも同じぐらいの分量はある。が、やっぱりプロでこの量の中でドラマを作っている。
で、原稿は原田マハの『ギフト』の中に収められている『聖夜、電車に乗って』というショートストーリー。『ギフト』の中で一番のお気に入りの作品。
『聖夜、電車に乗って』 ~『ギフト』 原田マハから~
思い切って、自分にごほうび。
そんな気分で、まえから目をつけていた赤いチェックのウールのコートを買った。
今年一年、なんとか仕事をがんばった。恋だって、遠距離だったけどなんとか続けてきた。
クリスマスまえ、コートに初めて袖を通してみた。
うん、いい感じ。なかなか、似合う。
ひとりっきりのクリスマスも、これならあったかく過ごせそうだ。
最初の一言でもう出だしがペースに乗る感じ。限られた文字数で書く文章なので無駄なく、一気に。
仕事帰りの電車の網棚は、ケーキやプレゼントやら花束やらで、いつもよりもずっとにぎやかだ。私の足もとには、大きな赤い紙袋が置いてある。混雑する車内で、それを踏まないゆにと私は必死につり革につかまる。目の前に座っていた細身のスーツのキャリアウーマン風の女性がそれに気づいて、「すみません」と身をよじって紙袋を網棚に上げた。
「Happy Christmas」の白い文字。恋人か家族へのプレゼントだろうか。ほんのりうらやましい気分になる。
きっとこの人は、私なんかよりずっと、仕事も恋もうまくいってるんだろうな。
「~ずっとにきやかだ」という表現が出来そうで、出来ない。「一杯」や「混雑」ではなく、「にぎやか」と表現することでポジティブな印象を受ける。
三つ目の駅で電車が停まると、彼女が立ち上がり下車していった。その後ろ姿をなんとなく見送ったあとに、はっとなった。
紙袋。忘れてる。
私はあわてて紙袋をつかむと、閉まりかけのドアから飛び出した。彼女が向かいのホームの電車に乗っているのが見える。電車のドアが閉まり、彼女の姿はあっというまに線路の彼方に消えてしまった。
私は仕方なく紙袋を駅に預けた。念のために、と言われて名前と電話番号を残し、ホームに引き返す。
いったい何やってんだろ。
いいことをしたつもりで、かえって迷惑をかけてしまった。
あーあ、やっぱりだめなのかな、私って。今年一年、がんばったつもりでも。
「紙袋。忘れてる。」の「。」の表現は心の一瞬の連続を思わせる。
翌日、あの駅から電話が入った。
「紙袋の持ち主のかたが、とうしてもお礼を言いたいとのことで」
夜七時、駅の改札で待っている、とのこと。
お礼どころか、余計なことをしたこっちがおわびしなければ。会社の帰り道、あの駅に私は降り立った。
何の予定もないクリスマスイブ。
ほんとは、その事実から逃げ出したかっただけなんだけど。
漢字にできる部分を意外とひらがなを使っている。効果としては、柔らかさが強くなる。
改札前に、あの女性が立っていた。きりりとしたパンツスーツに細身のコート。やっぱり素敵だ。
ふと見ると、小さな男の子の手をひいている。会釈しながら私が近寄ると、
「ああ、あなただったんですね。覚えてます、そのコート。素敵だな、って見てたから」
と笑顔になった。そして、隣でもじもじしている男の子に、おだやかな声で言った。
「ほら、このお姉さんが、健太のプレゼントを運んでくれたんだよ。よかったね」
ああ、きのうの紙袋は、この子へのプレゼントだったんだ。男の子は、ぺこりと頭を下げた。
「いつも仕事が忙しくって、この子になんにもしてやれなくて。クリスマスくらい、急いで帰ろうとおもってこの始末です。でも、よかった。あなたのご親切で、この子は泣かずにすみました」
そう言われて、胸の中がぽっとあたたかくなった。
男の子はちょっと恥ずかしそうにつぶやいた。
「ありがとう、サンタさん」
お母さんと男の子は、何度も振り返って手を振りながら、駅の拝察の中へ消えていった。
「ありがとう、サンタさん」このセリフがこのストーリーの殺し文句だろう。コートが『赤いチェック』であることがここに繋がる。
帰りの電車に乗りこんで、暗い窓に映りこむ自分をみつける。くすぐったい気分で、ふふっと笑う。
うん、いいじゃない。けっこう、似合う。
赤いチェックのコートを着たサンタクロースを乗せて、クリスマスの夜を電車が走り出す。
サンタクロースのそりと電車を重ね合わせている。夜の電車の窓に映った自分に話しかけたり、心で会話することは誰でも一度は経験があるだろうから、その部分で共感を呼ぶ。
いや〜、やっぱりこの文章は良くできている。