結婚10年以上のあなたに 『追伸』 真保裕一


"追伸 (文春文庫)" (真保 裕一)


恋愛には『一気に燃え上がる』ものと『徐々に熱くなっていく』ものがあるように、小説にも同じような性質がある。真保裕一氏の作品はどちらかと言えばシワジワと盛り上がってくるタイプが多いが、この『追伸』はその極みのような作品である。書簡のやり取りでこれだけ読み手を引き込むには相当な力量を求められると思うが、そんなチャレンジに敢えて挑み、最後は勝利を勝ち得ている感がある。


 


海外への転勤、交通事故、その結果の単身赴任。それぞれは偶然に発生したものだったのに、心の中では細い糸で繋がり、やがて疑惑となり、直接的な話し合いが難しくなる。そうした二人の間に交わされた書簡で綴られている。当初は二人だけのことから両親、そして祖父母の話と発展し、歴史を紐解きながら今の自分たちを浮き彫りにする。


何かを説明しようと一生懸命になるといろいろなものにどんどんこじつけようとする。自分の過去、両親の過去、家の過去。その時代の影響も。一度綻びた関係を元に戻そうとするには何かきっかけが必要である。本当ならば素直になって話せば済むことをどんどんと面倒な方を選択し、お互いに苦しくなってくる。夫婦だから理解出来るところと夫婦だからこじれるところがあることは夫婦になって初めて知る。


 


この作品はミステリーか?氷が少しずつ溶けるように、謎が明かされていく様を表現していることを考えると間違いなくミステリー作品だろう。「謎を解く」を「相手を知る」と読むとミステリーと夫婦は非常に近いものかも知れない。


 


この作品は本当に高度な技術の上に成り立っている上、読み手も多くの経験が必要な気がする。『ホワイトアウト』で真保裕一氏のファンになった人が読んで面白いだろうか。それなりに楽しめると思うが、僕の個人的な感想としては結婚して10年以上の人にお勧め、かな。正直、今日のエントリーを読んで、『読んでみよう』と思う人がいるとは思わないが、何か琴線に触れた感触を持ったらきっと楽しめるでしょう。あなたの気持ち次第で、恋愛小説に変化するミステリー。