3度目は違う視点で読んだ 『ギャングスター・レッスン ヒート アイランド II』 垣根涼介


"ギャングスター・レッスン―ヒートアイランド〈2〉 (文春文庫)" (垣根 涼介)


この話は単行本、徳間文庫、そして今回の文春文庫と3回読んだことになる。サブタイトルにもなっているとおり、『ヒート アイランド』の続編で、『ヒート アイランド』ちょうど1年後から話は始まる。『ヒート アイランド』は長編作品的に構成された作品だけど、『ギャングスター・レッスン』は連作短編の形式を採っている。これは『ギャングスター・レッスン』が文芸雑誌『問題小説』に連載されていたことに起因するんだけど、正直に言えばそれぞれの話の繋がりが悪い。主人公のアキの成長過程を描写しすぎるあまり、全体感を失っている感じがする。


僕自身は垣根涼介は大好きな作家の一人だし、文章もうまいと思う。特にクルマ関連の描写は映像が浮かぶような描き方なのがいい(同い年だから興味の対象のクルマも近いし)。ただ、やっぱり得手不得手でみると長編をじっくり書く方が合っているんじゃないかな。


 


話をこの作品に戻すと、渋谷の帝王だったアキはそれまですべてを捨て、自分自身をリセットするために東南アジアへ放浪の旅にでる。柿沢や桃井と別れたちょうど1年後に約束の地で彼らを待つ。決して楽な商売ではないし、仲間以外とは腹を割った関係を続けることができなく、心身ともに切磋琢磨し続ける生活を余儀なくしなければならない。一歩間違えば、命を落とすギリギリのところのビジネス。『泥棒』だから完全に非合法な方法で収入を得るビジネスの割りにはそこそこの収入に感じる。だから、割りのいい商売ではない。でも、それまでの地位を捨て、アキは柿沢や桃井の仲間になることを選択した。


 


3度も同じ話を読むと当然ながら読み方が変わってくる。内容はすでに頭の中に入っているので、単純に面白さだけではなく、『アキがなぜこの判断をしたのか』を意識しながら読み進めていった。きっと『生きている』実感が欲しかったんじゃないのか、と考えるようになった。それまでも必要な金とメンバーは自由に扱えた。が、それと『生きている』と感じるのは別の問題で、自力で生活しているかどうかは本人にしか分からない。もう少し深読みすると、旅行代理店時代に南米を何度も訪れた垣根氏の価値観がある意味、アキの生き様に映し出されているかも知れない。


大沢在昌氏にとって佐久間公が大沢氏の『眼』であるように、垣根氏にとってはアキが心の一部なのでは・・・と思いながら読み終えてしまった。