詐欺師ネタのミステリーで騙されたよ 『クロスカウンター』 井上尚登


"クロスカウンター―金融探偵・七森恵子の事件簿 (光文社文庫)" (井上 尚登)


正直に答えます。作者にまんまと騙されました。主人公の七森恵子は元外資系証券会社のアナリストで、とある事件に巻き込まれ退社。今は金融探偵というニッチな仕事をしている。全5章からなる連作短編の構成は非常にオーソドックスな感じで進み、少しずつ謎に包まれている部分が氷解していく感じで進行する。決して退屈ではないけど、『よくあるタイプだな・・・ブログに書くのもどうかな』と思いながら読んでいた。そして5章に入ったら、それまでの流れを全く無視した形での文章が続き、一瞬、自分の位置が分からなくなる。と思いきや、すべての答えやギミックをここに集約させている。


主人公の七森恵子が相手するのは大勢の被害者を出している天才詐欺師。作者は詐欺師のストーリーを書きながら読み手も騙していた訳である。本当にビックリした。著者の知識は全くなく、書店で物色している時に『帯買い』した一冊である。帯にはこう書いてある。



読後スカッとします!


天才詐欺師をハメろ!


T.R.Y.』の著者が放つ「コンゲーム・ミステリー」の傑作


賞(第19回横溝正史正賞)は伊達じゃない。4章までの流れで最後まで行ったら、細かい部分の描き方などがあまりないので、『ちょっとラフな感じだな』と書いていただろう。が、読み終わってみるとその辺の細かい部分はどうでも良くなっている。僕の中では連作短編の基準が北森鴻になっているので、(僕にとって)この手法でいい点数を出すのはかなりハードルが高いんだけど、この作品は素晴らしい。一つ一つの作品が絡みすぎず、でも意味を持たせ、最後に収斂させていく。この文庫版にはあとがきがあり、同じ主人公を用いた作品を書こうとしていることを匂わせている。金融探偵かどうか分からないが、同じ七森恵子を使うようだ。きっと面白いだろうな。ちなみにこの作品の面白さは『文字』だからであって、映像では難しいだろうな、きっと。理由を知りたい人は読んでみてください。がっかりすることはありません。