シリーズ最高傑作! 『狼花 新宿鮫IX』 大沢在昌


"狼花―新宿鮫〈9〉 (光文社文庫)" (大沢 在昌)


単行本が出たときも買って読んでいるから3年半ぶりに読み返した形になる。新宿鮫シリーズは大沢在昌氏の代表作だけど、中でも『風化水脈』と『狼花』は特に気に入っている作品だ。風化水脈については別の機会に譲るとして、この狼花には2つの山がある(僕にとって)。一つは新宿の歩道橋の上で鮫島と鑑識の藪が話している時に、宿敵 仙田(狼花では『深見』になっているけど)が登場するシーン。もう一つは最後の横浜中華街での決着シーン。


新宿では、仙田はSOCOMで鮫島の口を封じるために殺しにくる。実際には未遂に終わり、銃に向かって飛び込んだ藪に弾丸は発射され、藪は負傷することになるが。でも仙田は本当に『殺そうとしたのだろうか』。過去の作品でも鮫島と仙田の因縁が登場し、渋谷の宮下公園近くでは直接話もしている。立場は対局にあるものの、意識の中では相通じるものがあり、どこかで信頼に似た気持ちも芽生えている感じがする。もし殺さなければならない状況であれば、お互いに『しとめるのは自分だ』、という気持ちも持っているだろう。しかし、新宿のこの時には何となく仙田が過去から抱えてきた思い(思想といってもいいかも知れない)を鮫島に伝えたかった、その脇役としてSOCOMなどの小道具も必要だったんじゃないかな。SOCOMという銃にも意味があって、ここでトカレフじゃだめで特殊銃を用意できる、扱えるところが必要なファクターで、作者の大沢氏もそんな思いで書いたのではないかと一人想像する。


そして一番メインの最終シーン、横浜中華街の杭州楼に香田、沼尻、石崎、呉に仙田と鮫島が一同に介す場面は言葉にはなっていないもののそれぞれの思いが言葉の端々から見え隠れする。このシーンの醍醐味はそれまで大沢氏が各キャラに色づけしてきた数百ページでこの『思い』を読み手に委ねている点。「悪役の石崎はこう思っていながらこの言葉を話している」、「仙田の本当の目的はこうなのだろう」、と想像しながらストーリーに引き込まれていく。きっと正解はないし、読み手それぞれの正解があるのだろう。結末は読んでのお楽しみにとっておくとして、大沢氏がこの結末を選んだことにはちょっと腑に落ちない部分もある。もしかしたら、次の新宿鮫シリーズを読んで納得するかも知れない。いずれにしてもシリーズの中でも出来は素晴らしいし、文庫で600ページもきっとあっという間に読み切ってしまう。次を早く読みたい、と思わせるそんな一冊。