「記念日」 香納諒一

記念日anniversary

記念日anniversary

信じる基準が全くなくなった状態というのは想像がつくだろうか。このストーリーの主人公は自分の名前も過去の記憶も無い上に、記憶の一部を操作されているという非常に難しい設定がされている。記憶を操作されているという話であれば、かつてのドラマ「眠れる森」が思い出される。
ストーリーは横浜の安ホテルの部屋で主人公が目覚めるところからスタートする。何度も主人公と書いているには、記憶が無いために自分自身が誰なのかがはっきりしないまま展開されるからである。当然、途中で主人公の名前が出てくるのだが、実は双子の兄弟がいて、ほぼ最後近くまでどっちが本物なのかが分からないというか、ブレながら進んでいく。面白いのは自分の名前すら記憶にないのに、いろいろなことを分析する能力は長けており、その分析力を駆使して難関を乗り越えていく。最初のシーンで出てくるアンというパートナーとは最後までユニークな関係が続く。敵なのか、味方なのか、裏切りがあるのか、など読み手に想像させながら、ストーリーは展開されていく。小説版「24」のような感じでもある。本当にこの主人公の立場になったら、まず心が壊れることは間違いないだろう。何かしら生きる糧が必要なものだと思うが、記憶を取り戻すことよりも真実を追究するに生きる糧を見いだしているところを見ても本当にタフな人物だと想像がつく。
香納諒一氏の作品は何作か読んでいるが、本当に難しいキャラクター設定をして文章にしている気がする。今回の「記念日」でも記憶や能の構造などに関してかなりの時間、取材に費やしている気がする。つまり適当に書いていなく、内容が最後まで破綻していないことがすごい。まあプロだから・・・・と言ってしまえば、そうであるが、きっと自身の文章を書く際のルールというか流儀のようなものを持っているに違いない。
ところで、タイトルの「記念日」は言い得て妙なタイトルだと感じている。なぜ「記念日」なのかは、意外と読み手それぞれで違うのではないだろうか。400ページを超えるストーリーであるが、その答えを探すこともこの作品の楽しみの一つと言えよう。ちなみに僕の理解は、過去と決別した「記念日」という定義。