「盾シールドSHIELD」 村上龍
- 作者: 村上龍,はまのゆか
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2006/03/24
- メディア: 大型本
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先日の「ハバナ・モード」でも出てきた話だが、難しい問いに答えるのと、難しい問いを作るのとはかなりの差があり、明らかに「問い」を作ることの方が難しい(東野圭吾の容疑者Xでも同じようなセリフがあったような)。現代にはこの「問い」が自然にできる訓練が必要なんだろう。「なぜそうなるか」、「それはどうしたら説明あるいは証明ができるのか」という仮説/検証が意識せずにできないと価値を見せることが難しい。
そういえば、高校時代の数Iの授業は僕にとって大きな意識変化を与えてくれた(と気付いたのも30代になってからだけど)。簡単な連立方程式を黒板に書かれ、これを解く、という課題だったが、答えは合っているのが当たり前でどれだけ多くの方法で答えを導き出せるかが重要なんだ、とY先生は話していた。当時の僕は、「そんなの答えが出れば、どんな方法だっていいじゃん」と思っていて、それほど真面目に考えていなかった。30代のある時に(こういうことは突然やってくるものだと思うけど)、非常に納得した瞬間を感じた。仕事をはじめ、日常生活に於けるいろいろな出来事はそのほとんどが「答え」が先に決まっている。でも考えたり、悩む訳である。理由は、そこに制約事項が存在するから。つまり数Iの授業で「多くの方法を・・・・」は生活の中で考えられる手法の中でどのアプローチが最適かを考える思考が重要、ということを言いたかった(と思っている)。優先すべきは「時間」なのか「コスト」なのか。品質はどれぐらい担保する必要があるのか、日常、特に仕事に於いてはそのほとんどがこんな考え方をしながら物事を進めている気がする。
話を戻すと、この「シールド」も必要なものの一つだけど、すべてでもなく、完全でもない。だけど、多くの人はコジマ同様に勘違いする。今の自分を相対化して、いつも「問い」ができる資質が強さの一つではないか(別に僕のことではなく)。