「てのひらの闇」 藤原伊織

てのひらの闇 (文春文庫)

てのひらの闇 (文春文庫)

主人公の堀江は飲料会社の宣伝担当の課長。藤原伊織としては知識が豊富な領域とはいえ、逆に書きにくかった世界ではないかと思った。しかし、そんなことを微塵も感じさせずに展開される。今回は今まで以上に各キャラクターが個性的である。堀江も父親はヤクザもの、ナミちゃんとマイクの姉弟(最近はドゥカも珍しくなくなりつつあるが、この頃はそうとうマニアックなバイクのような気がする)にしても普通に巡りあうタイプではない。
この作品は作品そのものの面白さよりも、堀江個人に興味を持ち、どんどん引き摺られていく。幼少の頃に剣術を身につけ、今となっても護身術以上のテクニックを持っているだけでなく、会社にクレームを入れてきた民間人に対しての電話での応対一つとっても本当に魅力的な部分が多い。描写的には大きく破綻した人生のようだが、どこかで自分には出来ない夢を重ね合わせているのか知れない。いずれ遺作となる「名残り火」に繋がるわけであるが、それだけ思いも強い作品なのだろう。